災害(さいがい)の時(とき) 外国(がいこく)から 来(き)て 日本(にほん)で 生活(せいかつ)している 人(ひと)たちが 安全(あんぜん)で いるために 必要(ひつよう)なことは?

地震(じしん)や 台風(たいふう)、たくさんの つよい 雨(あめ)、火事(かじ)などの 災害(さいがい)は、 いつ どこで 起(お)きるか わかりません。 自分(じぶん)の ちかくに 外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)が 生活(せいかつ)していると、 災害(さいがい)の時(とき)、 「何(なに)を 言(い)えば いいだろう?」「どんな てつだいを したら いいだろう?」と 思(おも)うかも しれません。 災害(さいがい)に ついて しらせる 日本語(にほんご)は、 むずかしいので、 外国人(がいこくじん)に わからないかも しれません。 避難所(ひなんじょ)は 「災害(さいがい)の時(とき)に にげる 安全(あんぜん)な 場所(ばしょ)」だと しらないかも しれません。 安全(あんぜん)で いるための やり方(かた)を しらない人(ひと)も います。
「あの人(ひと)は 外国人(がいこくじん)だから こまっている」と 自分(じぶん)で きめないで ください。 「だいじょうぶですか?」「こまっていることは ありますか?」と 聞(き)くことは たいせつです。 ちかくに 住(す)んでいる 人(ひと)だから 聞(き)きます。 外国人(がいこくじん)だから 聞(き)くのでは ありません。 そして、 自分(じぶん)が しっていることや、 安全(あんぜん)で いるための やり方(かた)を 伝(つた)えることも たいせつです。
ここでは、 「外国(がいこく)から 来(き)て そこで 生活(せいかつ)している 人(ひと)たちが 災害(さいがい)の時(とき)に こまること」、 日本(にほん)の いろいろな 場所(ばしょ)で やっている 「外国人(がいこくじん)も 安全(あんぜん)で いるための やり方(かた)」などを 説明(せつめい)します。
目次
- 1 外国(がいこく)から 来(き)て ちかくに 住(す)んでいる 人(ひと)たちと いっしょに 「災害(さいがい)の時(とき)に 安全(あんぜん)で いるための やり方(かた)」を 進(すす)めよう
- 2 災害(さいがい)が 起(お)きた時(とき)に 外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちが こまること
- 3 災害(さいがい)の 時(とき)に 日本(にほん)で 生活(せいかつ)する 外国人(がいこくじん)が 安全(あんぜん)で いるために やっていること
- 4 「やさしい日本語(にほんご)」は 災害(さいがい)の 時(とき)に なぜ たいせつですか?
- 5 災害(さいがい)の 時(とき)は 外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちに どうしたら いいですか?
- 6 毎日(まいにち)の ふつうの 生活(せいかつ)の 中(なか)で 外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちと いっしょにできる こと
- 7 「災害(さいがい)の 時(とき)に みんなが 安全(あんぜん)でいる やり方(かた)」から 多文化共生(たぶんか きょうせい)を かんがえませんか?
- 8 京丹波町(きょうたんばちょう)は 多文化共生(たぶんか きょうせい)を 進(すす)めています
- 9 まとめ
外国(がいこく)から 来(き)て ちかくに 住(す)んでいる 人(ひと)たちと いっしょに 「災害(さいがい)の時(とき)に 安全(あんぜん)で いるための やり方(かた)」を 進(すす)めよう
日本(にほん)は 地震(じしん)や 台風(たいふう)、たくさんの つよい 雨(あめ)などの 災害(さいがい)が おおい 国(くに)です。 このごろは 外国(がいこく)から 来(き)て、 日本(にほん)の いろいろな 場所(ばしょ)で 生活(せいかつ)している 人(ひと)たちが ふえています。 災害(さいがい)が 起(お)きた時(とき)、 必要(ひつよう)な ことを かれらに 伝(つた)えるのが むずかしいことが あります。 ことばや 文化(ぶんか)、 生活(せいかつ)の 習慣(しゅうかん)が ちがうからです。 だから、 「災害(さいがい)が 起(お)きた時(とき)に 安全(あんぜん)で いるための やり方(かた)」を、 日本人(にほんじん)だけで かんがえるのは よくありません。 おなじ 場所(ばしょ)で 生活(せいかつ)している 人(ひと)たち みんなが いっしょに かんがえることが たいせつです。
毎日(まいにち)の ふつうの 生活(せいかつ)の 中(なか)で かおを おぼえて、 よい 関係(かんけい)を つくることが 必要(ひつよう)です。 そして、 「どこに にげるか」「だれに どうやって れんらくするか」を みんなが しっていると、 災害(さいがい)が 起(お)きた時(とき)に 安心(あんしん)です。
「全部(ぜんぶ)の 人(ひと)が 安全(あんぜん)で いるための やり方(かた)」は とても たいせつ
災害(さいがい)が 起(お)きた時(とき)、 外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちは こんなことが 心配(しんぱい)です。
- 「いつ どこへ にげるか」について 書(か)かれた 日本語(にほんご)が むずかしくて 読(よ)めない
- 「どこへ 行(い)けば よいか」「どこが 安全(あんぜん)か」が わからない
- ちかくの 日本人(にほんじん)に 自分(じぶん)が こまっていることを 言(い)えない
自分(じぶん)が 外国人(がいこくじん)だから こまっているのでは ありません。「わかることが すくない」「ちかくの 日本人(にほんじん)と 関係(かんけい)が すくない」から こまっています。
「『やさしい日本語(にほんご)』で 話(はな)す」「いっしょに 安全(あんぜん)な 場所(ばしょ)へ にげる」「『にげる 練習(れんしゅう)の 会(かい)』に いっしょに 行(い)こうと 言(い)う」など、 ちかくの 外国人(がいこくじん)に 力(ちから)を かすことは できます。 「国(くに)が ちがうから いっしょに できない」「やっても 役(やく)に 立(た)たない」と 思(おも)わないでください。 「ちかくに 住(す)んでいる人(ひと)に 力(ちから)を かそう」と 思(おも)うことが、 「全部(ぜんぶ)の 人(ひと)が 安全(あんぜん)で いるための やり方(かた)」を つくります。
災害(さいがい)が 起(お)きた時(とき)に 外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちが こまること

災害(さいがい)が 起(お)きた時(とき)、 外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちが、 こまることが あります。 それは、 日本人が こまることと すこし ちがっています。
- 災害(さいがい)について しらせていることが わかりにくい
- 避難所〔ひなんじょ=災害(さいがい)の時(とき)に にげる 安全(あんぜん)な 場所(ばしょ)〕が どこに あるか、 どうやって にげるかが わからない
- 災害(さいがい)が 起(お)きた時(とき)の 日本(にほん)の やり方(かた)を しらない
- ちかくに 相談(そうだん)できる 日本人(にほんじん)が いない
- まちがった ことを 本当(ほんとう)だと 思(おも)ってしまう
このことを もっと わかりやすく 説明(せつめい)します。
災害(さいがい)について しらせていることが わかりにくい
地震(じしん)や たくさんの つよい 雨(あめ)、火事(かじ)などが 起(お)きた時(とき)、 いろいろな ことが しらされます。 「まだ にげなくて だいじょうぶです」「そこは あぶないです。 にげて ください」「避難所(ひなんじょ)が できました」などが、 みじかい 時間(じかん)に たくさん しらされます。 しかし、 災害(さいがい)の 時(とき)に つかう 日本語(にほんご)は、 特別(とくべつ)で とても むずかしいです。 外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちに わからないことが あります。
「高齢者等避難(こうれいしゃ とう ひなん)」「緊急安全確保(きんきゅう あんぜん かくほ)」など、 日本語(にほんご)が よく わかる人(ひと)でも 意味(いみ)が あまり わからない ことばが あります。
避難所〔ひなんじょ=災害(さいがい)の 時(とき)に にげる 安全(あんぜん)な 場所(ばしょ)〕が どこに あるか、 どうやって にげるかが わからない
災害(さいがい)が 起(お)きた時(とき)に、 どこへ にげたらいいか、 どの道(みち)を とおれば 安全(あんぜん)か、 外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちは しらないことが あります。
日本(にほん)に 来(き)て すぐの人(ひと)、 住(す)んでいる ところで 日本人(にほんじん)と 関係(かんけい)が すくない人(ひと)は、 「いちばん ちかい 避難所(ひなんじょ)は どこに あるか」「にげる時(とき)に 何(なに)を もって行(い)くか」「避難所(ひなんじょ)で どうすれば いいか」を しらないかも しれません。 また、 自分(じぶん)の 国(くに)に 避難所(ひなんじょ)が ない人(ひと)は、 「なぜ にげなければ ならないか」が わからないかも しれません。
災害(さいがい)が 起(お)きた時(とき)の 日本(にほん)の やり方(かた)を しらない
日本(にほん)では、 都道府県〔と・どう・ふ・けん=たとえば 京都府(きょうとふ)〕や 市町村〔し・ちょう・そん=たとえば 京丹波町(きょうたんばちょう)〕が 「その時(とき)に 起(お)きている 災害(さいがい)の こと」や、 「安全(あんぜん)で いる やり方(かた)」 について 住(す)んでいる人(ひと)に しらせます。 そして、 避難所(ひなんじょ)を つくります。 それから、 そこに 住(す)んでいる 人(ひと)たちや 消防団〔しょうぼうだん=大(おお)きな 地震(じしん)や たくさんの つよい 雨(あめ)、 火事(かじ)などの 時(とき)に、 人(ひと)が にげるのを てつだったり 火(ひ)を けしたりする 人(ひと)たち〕が 力(ちから)を あつめて みんなを 安全(あんぜん)に します。 外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちは、 この やり方(かた)を 見(み)ていません。 だから 災害(さいがい)の 時(とき)に、 てつだってもらえるのを しらないことが あります。
避難所(ひなんじょ)で 水(みず)や 食(た)べものを もらえることや、 「自分(じぶん)の 住(す)んでいる 家(いえ)が どれくらい こわれたか」を 役所(やくしょ)に 伝(つた)えて 紙(かみ)を もらうことなどを しらないことも あります。
ちかくに 相談(そうだん)できる 日本人(にほんじん)が いない
自分(じぶん)の ちかくに 住(す)んでいる 日本人(にほんじん)と、 関係(かんけい)が すくない 外国人(がいこくじん)も います。 かれらは 災害(さいがい)が 起(お)きた時(とき)に、 相談(そうだん)できる 日本人(にほんじん)が いません。 特(とく)に、 日本語(にほんご)が あまり わからない人(ひと)は、 こまっていることを 自分(じぶん)から 伝(つた)えることが できません。
「毎日(まいにち)の ふつうの 生活(せいかつ)の 中(なか)で あいさつを すること」「ちかくで やる 『みんなが あつまる 会(かい)』や、 『災害(さいがい)の時(とき)に 安全(あんぜん)でいる やり方(かた)を れんしゅうする 会(かい)』に 『いっしょに 行(い)きましょう!』と 言(い)うこと」で、 かおを おぼえることが できます。 そこから 関係(かんけい)を つくることが できます。 災害(さいがい)が 起(お)きた時(とき)に 力(ちから)を かすことは、 特別(とくべつ)な ことを しらなくても できます。 「だいじょうぶですか?」「いっしょに 行(い)きましょう!」と 言(い)える 関係(かんけい)が 必要(ひつよう)です。 死(し)なないため、 安全(あんぜん)で いるためです。
まちがったことを 本当(ほんとう)だと 思(おも)ってしまう
災害(さいがい)が 起(お)きた時(とき)は、 まちがったことが 伝(つた)えられることが あります。 SNSや 人(ひと)の 話(はなし)から、 たくさんの 人(ひと)が うそや 正(ただ)しくないことも しるからです。 外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちは、 日本語(にほんご)の 正(ただ)しい ニュースなどを しることが むずかしいです。 だから おなじ国(くに)の 人(ひと)たちの まちがった話(はなし)を、 本当(ほんとう)だと 思(おも)うことが あります。
たとえば、 「避難所(ひなんじょ)が ある 場所(ばしょ)」「水(みず)や 食(た)べものが もらえる 場所(ばしょ)」「人(ひと)が 死(し)んだり けがをしたり、 家(いえ)や 道(みち)が こわれたり していること」などが まちがって 伝(つた)えられると、 安全(あんぜん)で いるために はやく 動(うご)くことが できません。 役所(やくしょ)や 国(くに)などが しらせる 正(ただ)しいことを、 ちかくに 住(す)んでいる 外国人(がいこくじん)にも 伝(つた)えましょう。 そして、 みんなが 正(ただ)しいことを いっしょに わかりあうことが たいせつです。
災害(さいがい)の 時(とき)に 日本(にほん)で 生活(せいかつ)する 外国人(がいこくじん)が 安全(あんぜん)で いるために やっていること
外国人(がいこくじん)が 日本(にほん)で 安心(あんしん)して 生活(せいかつ)するために、 日本(にほん)の いろいろな 場所(ばしょ)の 役所(やくしょ)や 国際交流協会(こくさいこうりゅう きょうかい)が、 やっていることが あります。 わかりやすい よい やり方(かた)を かんがえて やっています。
どんな ことを やっているのか ここで 紹介(しょうかい)します。
いろいろな 国(くに)の ことばを つかって 必要(ひつよう)なことを しらせる
災害(さいがい)が 起(お)きた時(とき)は、 正(ただ)しいことを はやく 伝(つた)えることが たいせつです。 「死(し)なない」 「大(おお)きな けがを しない」ためです。 だから、 そこで 生活(せいかつ)している 人(ひと)たちの 国(くに)の ことばを つかって、 必要(ひつよう)なことを しらせることが ふえました。
防災(ぼうさい)マップ〔=あぶない 場所(ばしょ)や 安全(あんぜん)な 場所(ばしょ)、避難所(ひなんじょ)の あるところ などを 書(か)いた 地図(ちず)〕や 避難所(ひなんじょ)の ことを しらせる 紙(かみ)、 災害(さいがい)の 時(とき)に 安全(あんぜん)でいる やり方(かた)を 書(か)いた 紙(かみ)などを いろいろな 国(くに)の ことばを つかって つくります。 その国(くに)の ことばを つかって ホームページや SNSで しらせることも あります。 ちかくに 住(す)んでいる 日本人(にほんじん)は、 外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちに 「必要(ひつよう)なことが 正(ただ)しく 伝(つた)えられているか」を 見(み)てください。 それは とても たいせつな ことです。
「やさしい日本語(にほんご)」を つかう
いろいろな 国(くに)の ことばを つかって しらせることは たいせつです。 でも それは とても むずかしいことです。 すぐに 日本語(にほんご)を たくさんの 外国(がいこく)の ことばに かえられないからです。 その時(とき)に 「やさしい日本語(にほんご)」を つかいます。
「やさしい日本語(にほんご)」は、 むずかしい ことばを つかわないで、 みじかい わかりやすい 言(い)い方(かた)で 伝(つた)える 日本語(にほんご)です。
たとえば 「避難(ひなん)してください」は むずかしい ことばです。「あぶないです。 いま すぐ 安全(あんぜん)な 場所(ばしょ)へ 行(い)ってください」と 言(い)うと、 意味(いみ)が わかりやすくなります。
災害(さいがい)の 特別(とくべつ)な ことばや はっきりしない ことばは つかいません。 「ゆっくり 話(はな)す」「紙(かみ)に 書(か)く」「絵(え)や 地図(ちず)を つかう」などの やり方(かた)も 役(やく)に 立(た)ちます。 「やさしい日本語(にほんご)」は だれでも つかうことが できます。 毎日(まいにち)の ふつうの 生活(せいかつ)で つかえるように れんしゅうすると いいです。
「やさしい日本語(にほんご)」については、つぎの ところで 紹介(しょうかい)しています。
災害(さいがい)の 時(とき)に 安全(あんぜん)で いるための 練習(れんしゅう)を する
役所(やくしょ)や 国際交流協会(こくさいこうりゅう きょうかい)は、 災害(さいがい)の 時(とき)に 安全(あんぜん)で いるための れんしゅうや 勉強(べんきょう)の 会(かい)を しています。 外国(がいこく)から 来(き)て そこに 住(す)んでいる 人(ひと)たちが、 災害(さいがい)の 時(とき)に びっくりしないで、 安全(あんぜん)に 動(うご)くことが できるように するためです。「避難所(ひなんじょ)の つかい方(かた)」「にげる 時(とき)に もって行(い)く もの」「にげる 時(とき)の やり方(かた)」などを 本当(ほんとう)に けいけんします。 すると、 災害(さいがい)が 起(お)きた時(とき)に 動(うご)きやすくなります。
京丹波町国際交流協会(きょうたんばちょう こくさいこうりゅう きょうかい)は、 外国人(がいこくじん)も 日本人(にほんじん)も いっしょに れんしゅうする 会(かい)を かんがえました。 たのしく 体(からだ)を 動(うご)かして、 災害(さいがい)の 時(とき)に 安全(あんぜん)で いる やり方(かた)を 勉強(べんきょう)します。 「外国人(がいこくじん)が 災害(さいがい)の 時(とき)のことを 勉強(べんきょう)するのは むずかしい」と 思(おも)うかもしれません。 しかし この やり方(かた)は、 そこに 住(す)む 外国人(がいこくじん)が、 ちかくに 住(す)む 日本人(にほんじん)と いっしょに、 災害(さいがい)の 時(とき)のことを たのしく けいけんするための 役(やく)に 立(た)ちます。
いろいろな 国(くに)の ことばを つかうことが できる 避難所(ひなんじょ)の やり方(かた)
災害(さいがい)が 起(お)きた時(とき)に たくさんの 人(ひと)たちが あつまる 避難所(ひなんじょ)は、 いろいろな 国(くに)の ことばを つかって 話(はなし)を したり、 たいせつなことを しらせたり しなければ なりません。 外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちも わかる 必要(ひつよう)が あるからです。
いろいろな 国の ことばを つかうことの ほかに、 ピクトグラム〔=わかりやすい 絵(え)や ものの かたちを つかって しらせる やり方(かた)〕や 地図(ちず)を つかって しらせるのも よいことです。 見(み)て すぐに わかるからです。 避難所(ひなんじょ)に 来(く)る 人(ひと)たちは、 食(た)べるもの、 生活(せいかつ)の 習慣(しゅうかん)、 たいせつにしている 神様(かみさま)が ちがうことが あります。 そのことに 気(き)を つける 必要(ひつよう)が あります。 こまっていることを 相談(そうだん)しやすいことも たいせつです。
その人(ひと)が どこから 来(き)たかは 関係(かんけい)ありません。 そこに 住(す)んでいる 人(ひと)たちが 「わたしたちは あぶないから にげてきました。 だから みんな おなじです。」という きもちで 話(はなし)をすることが たいせつです。 しっていることや わかることは、 だれにでも 伝(つた)えます。 そうすれば 全部(ぜんぶ)の 人(ひと)が 安心(あんしん)できる 避難所(ひなんじょ)に なります。
防災(ぼうさい)ハンドブック〔=災害(さいがい)の 時(とき)に 安全(あんぜん)で いるための やり方(かた)を 書(か)いた 小(ちい)さな 本(ほん)〕を わたす
外国(がいこく)から 来(き)て そこで 生活(せいかつ)している 人(ひと)たちに、 災害(さいがい)の 時(とき)の ことを、 さきに しらせることが たいせつです。 災害(さいがい)が 起(お)きてからは おそいです。
だから 「地震(じしん)や 台風(たいふう)、たくさんの つよい雨(あめ)の時(とき)は どうするか」「避難所(ひなんじょ)は どこにあるか」「何(なに)を もって にげるか」「いちばん さきに れんらくする ところ」などが、 自分(じぶん)の 国(くに)の ことばで 書(か)かれた 防災(ぼうさい)ハンドブックを 外国人(がいこくじん)に わたしています。 これは、 日本(にほん)の いろいろな 場所(ばしょ)で やっています。 本(ほん)だけでは ありません。 都道府県〔と・どう・ふ・けん=たとえば 京都府(きょうとふ)〕などの ホームページで 必要(ひつよう)な ことを 見(み)ることも できます。 ハンドブックを わたすだけでは だめです。 日本人(にほんじん)が 外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちと いっしょに、 ハンドブックを 読(よ)みましょう。 住(す)んでいる 場所(ばしょ)で やっている 「災害(さいがい)の 時(とき)の ための れんしゅうの 会(かい)」や 「日本語教室(にほんご きょうしつ)」、 「いっしょに たのしむ会(かい)」などで 読(よ)んだり しらせたり できます。 そのことが、 本当(ほんとう)に 災害(さいがい)が 起(お)きた時(とき)に 役(やく)に 立(た)ちます。
「やさしい日本語(にほんご)」は 災害(さいがい)の 時(とき)に なぜ たいせつですか?
「やさしい日本語(にほんご)」は、 むずかしい ことばを つかいません。 やさしい ことばを つかって、 みじかい 言(い)い方(かた)で わかりやすく 伝(つた)える 日本語(にほんご)です。 1995年(ねん)に 兵庫県(ひょうごけん)で とても 大(おお)きな 地震(じしん)が 起(お)きました。 その時(とき) 外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちは、 「避難(ひなん)〔=にげること〕」や 「警報(けいほう)〔=とても あぶないと しらせること〕」などの むずかしい 日本語(にほんご)が わかりませんでした。 そして 安全(あんぜん)な やり方(かた)を するのが おくれました。 その時(とき)から 「やさしい日本語(にほんご)」を いろいろな ところで つかうように なりました。
このごろは 国(くに)や 役所(やくしょ)の ほかに、 テレビの ニュースなどでも つかいます。 たとえば 「つなみ! にげて!」のように、すぐ 動(うご)くことができる 言(い)い方(かた)を します。 死(し)ぬかもしれない時(とき)は、 正(ただ)しいことと 「すぐ 伝(つた)わること」が いちばん たいせつです。
いますぐ できる! 災害(さいがい)の 時(とき)に 伝(つた)わりやすい 言(い)い方(かた)
「むずかしい ことばを つかわない」「みじかい 文(ぶん)しょうで 伝(つた)える」「『たとえば どんなことか』を 教(おし)える」 これが、 災害(さいがい)の 時(とき)に わかりやすい やり方(かた)です。 たとえば 「余震(よしん)に 注意(ちゅうい)」よりも 「また ゆれるかも しれません。 上(うえ)から 落(お)ちる ものに 気(き)を つけてください」と 言(い)うと、 どうしたら いいのか よく わかります。
「かん字(じ)の おおい 文(ぶん)しょうは ひらがなを つける」「地図(ちず)や 絵(え)を つかう」「からだや かおを つかって 伝(つた)えながら、 ゆっくり 話(はな)す」ことも 役(やく)に たちます。 全部(ぜんぶ)の ことばを 「やさしい日本語(にほんご)」に かえなくても だいじょうぶです。 「伝(つた)えよう」という きもちが、 力(ちから)を かすことの はじまりです。
子(こ)どもや おじいさん・おばあさんにも わかりやすい
「やさしい日本語(にほんご)」は、 外国(がいこく)から 来(き)た 人(ひと)たちだけに つかいません。 子(こ)どもや おじいさん・おばあさん、 生活(せいかつ)の 中(なか)で こまることが ある人(ひと)、 日本語(にほんご)の 文(ぶん)を 読(よ)むのが むずかしい人(ひと)にも、 わかりやすい 伝(つた)え方(かた)です。
災害(さいがい)の 時(とき)は だれでも とても 心配(しんぱい)な きもちに なります。 ふつうの 時は わかることが、 わからないことも あります。 そんな時(とき)に、 みじかく はっきり わかりやすく 伝(つた)えると、 みんなが 安心(あんしん)できます。 自分(じぶん)が 住(す)んでいる ところで、 必要(ひつよう)な 時(とき)に 「やさしい日本語(にほんご)」を つかうように しましょう。 外国人(がいこくじん)も ほかの だれでも、 安全(あんぜん)で いることが できる やり方(かた)が 進(すす)んでいきます。
災害(さいがい)の 時(とき)は 外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちに どうしたら いいですか?
災害(さいがい)が 起(お)きた時(とき)、 外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちに どうしますか? 「かれらは 外国人(がいこくじん)だから 何(なに)も わからない」「わたしたちは かれらを てつだわなければ ならない」と 自分(じぶん)で きめないでください。 そのことは たいせつです。
日本語(にほんご)を 話(はな)すことが できる人、 災害(さいがい)の 時(とき)に どうしたら 安全(あんぜん)か よく しっている人(ひと)、 その場所(ばしょ)に ながく 住(す)んでいる人も います。 でも、 必要(ひつよう)な ことが 伝(つた)えられず、 心配(しんぱい)な きもちの 人(ひと)も いるかもしれません。
「その人(ひと)が 特別(とくべつ)だと 自分(じぶん)だけで きめない」「ちかくに 住(す)んでいる人(ひと) だから、 ふつうに 聞(き)く」ことが たいせつです。 「だいじょうぶですか?」「こまっていることは ありますか?」と 聞きましょう。 必要だったら、 避難所(ひなんじょ)が どこにあるか、 どこを とおって にげるかを 伝(つた)えましょう。 かれらが 自分(じぶん)に 力(ちから)を かしてくれるかも しれません。 災害(さいがい)の 時(とき)だから、 国(くに)や 文化(ぶんか)が ちがう人(ひと)たちも いっしょに、 みんなの 力(ちから)を あつめる きもちが 必要(ひつよう)です。
毎日(まいにち)の ふつうの 生活(せいかつ)の 中(なか)で 外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちと いっしょにできる こと

災害(さいがい)が 起(お)きた時(とき)、 みんなが いっしょに 力(ちから)を あつめるために どんな ことが 必要(ひつよう)ですか? それは 毎日(まいにち)の ふつうの 時(とき)に、 そこに 住(す)んでいる みんなが よい 関係(かんけい)を つくることです。
災害(さいがい)の 時(とき)だけ いっしょに やろうと 思(おも)っても だめです。 どんな 人(ひと)が いるか、 その人(ひと)は どんなことで こまっているか わからないからです。 その人(ひと)の ことが わからないと、 力(ちから)を かすことも むずかしいです。 ふつうの 毎日(まいにち)で あいさつを したり、 住(す)んでいる ところの 会(かい)に いっしょに 行(い)ったりしましょう。 すると、 ふつうに 話(はなし)が できます。 相談(そうだん)も しやすく なります。
毎日(まいにち)の ふつうの 生活(せいかつ)の 中(なか)で、 どんなことが できますか? 外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちと いっしょに できることを 紹介(しょうかい)します。
住(す)んでいる ところの 防災訓練(ぼうさい くんれん)に 「いっしょに 行(い)きましょう!」と 言(い)う
住んでいる ところで やる 防災訓練〔ぼうさい くんれん=災害(さいがい)が 起(お)きた時(とき)に 安全(あんぜん)で いる やり方(かた)を みんなで れんしゅうする 会(かい)〕は、 とても たいせつです。 災害(さいがい)で あぶない時(とき)に、 にげる 場所(ばしょ)や にげる やり方(かた)を しることが できるからです。 しかし、 外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちは 防災訓練(ぼうさい くんれん)が あることを しらないかも しれません。 何(なに)を するのか わからないから 来(こ)ないかも しれません。
近(ちか)くに 住(す)んでいる人(ひと)が 「いっしょに 行(い)きましょう!」と 言(い)うと、 かれらは 来(き)やすく なります。 防災訓練(ぼうさい くんれん)で、 「火(ひ)を けす どうぐの つかい方(かた)」「避難所(ひなんじょ)へ 行(い)った時(とき)の やり方(かた)」「にげる時(とき)に もっていくもの」などを しることが できます。 ちかくに 住(す)んでいる 人(ひと)が いっしょに たいせつなことを 勉強(べんきょう)できます。 だから 本当(ほんとう)に 災害(さいがい)が 起(お)きた時(とき)に、 ふつうに 力(ちから)を あつめることが できる 関係(かんけい)が 生(う)まれます。
外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちの かおを おぼえて 話(はな)す 関係(かんけい)を つくる
毎日(まいにち)の ふつうの 生活(せいかつ)の 中(なか)で、 外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちの かおを おぼえて 話(はな)す 関係(かんけい)は たいせつです。 災害(さいがい)が 起(お)きた時(とき)も すぐに 話(はなし)が できるからです。
むずかしいことを 話(はな)す 必要(ひつよう)は ありません。 毎日(まいにち)の あいさつや 天気(てんき)の ことなど、 すこし 話(はな)すことから はじめます。 かれらの 国(くに)や 文化(ぶんか)が ちがうことは あまり 関係(かんけい)ありません。 「近(ちか)くに 住(す)んでいるから ふつうに 話(はな)す」ことが たいせつです。 かおを おぼえて、 話(はなし)が できる 関係(かんけい)が あると、 災害(さいがい)が 起(お)きた時(とき)も 「だいじょうぶですか?」「いっしょに にげましょう」と 言(い)いやすいです。 毎日(まいにち)の ふつうの 生活(せいかつ)の 中(なか)で 関係(かんけい)が できていると、 災害(さいがい)が 起(お)きて こまった時(とき)に 安心(あんしん)して 力(ちから)を かしあうことが できます。
役所(やくしょ)から しらせる 災害(さいがい)の ことを いっしょに 見(み)て わかりあう
災害(さいがい)が 起(お)きる 前(まえ)に、 京丹波町(きょうたんばちょう)などの 役所(やくしょ)から しらせている 災害(さいがい)のことを、 見(み)て わかっていることは とても たいせつです。 防災(ぼうさい)マップ〔=あぶない 場所(ばしょ)や 安全(あんぜん)な 場所(ばしょ)、 避難所(ひなんじょ)の あるところ などを 書(か)いた 地図(ちず)〕や、 全部(ぜんぶ)の 避難所(ひなんじょ)を 書(か)いた 表(ひょう)、 災害(さいがい)の ことを しらせる メール・アプリ、 いろいろな 国(くに)の ことばで 書(か)かれた ホームページなど、 災害(さいがい)の 時(とき)に 役(やく)に 立(た)つことを いろいろな やり方(かた)で しらせています。
それを 日本人(にほんじん)が よく しっていると、 外国(がいこく)から 来(き)て 近(ちか)くに 住(す)んでいる 人(ひと)たちが、 必要(ひつ)なことを しる 役(やく)に 立(た)ちます。 「にげる 場所(ばしょ)は どこにあるか」「こまった時(とき) だれに どうやって れんらくするか」「どこに 相談(そうだん)したら いいか」などを、 かれらと いっしょに 見(み)て、 わかりあいましょう。 災害(さいがい)の 時(とき)に 「どうしたらいいか わからない」と こまったり 心配(しんぱい)になったり することが すくなくなります。
ちかくで やっている 「いろいろな 国(くに)の 人(ひと)たちと よい 関係(かんけい)を つくるための 会(かい)」に 行(い)く
外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちと よい 関係(かんけい)を つくるのは、 災害(さいがい)の 時(とき)の ために 勉強(べんきょう)する 場所(ばしょ)だけでは ありません。 ほかの ことから はじめることが できます。 ちかくで やっている 「外国人(がいこくじん)と いっしょに たのしむ会(かい)」「ちがう 国(くに)の 文化(ぶんか)を けいけんする会(かい)」 「いろいろな 国(くに)の 料理(りょうり)を いっしょに つくって 食(た)べる会(かい)」「季節(きせつ)で やることを たのしむ会(かい)」などに 行(い)って、 かれらと しりあうことが できます。 たのしいことを やりながら かおを おぼえると、 災害(さいがい)が 起(お)きた時(とき)も 話(はな)しやすいです。
災害(さいがい)の 時(とき)に 安全(あんぜん)で いる やり方(かた)は、 死(し)なないために とても たいせつです。 そして それは、 毎日(まいにち)の ふつうの 生活(せいかつ)の 中(なか)で、 みんなが よい関係(かんけい)を つくるから できます。 ちかくで やっている いろいろな 会(かい)に 行(い)きましょう。 そして、 おなじ 場所(ばしょ)で 生活(せいかつ)する 外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちの かおを おぼえることから はじめましょう。
「災害(さいがい)の 時(とき)に みんなが 安全(あんぜん)でいる やり方(かた)」から 多文化共生(たぶんか きょうせい)を かんがえませんか?
災害(さいがい)が 起(お)きた時(とき)に どうするかは、 全部(ぜんぶ)の 人(ひと)たちに 関係(かんけい)する もんだいです。 生(う)まれた国(くに)や 文化(ぶんか)、 ことばが ちがうことは 関係(かんけい)ありません。 だから、 「災害(さいがい)の 時(とき)に みんなが 安全(あんぜん)でいる やり方(かた)」を かんがえることは、 多文化共生(たぶんか きょうせい)の はじまりに なります。 ここで 紹介(しょうかい)した 「毎日(まいにち)の 生活(せいかつ)の 中(なか)で あいさつを する」「災害(さいがい)の 時(とき)の ための れんしゅうの会(かい)に いっしょに 行(い)く」「避難所(ひなんじょ)の ことを しって 伝(つた)える」という 小(ちい)さいことが、 災害(さいがい)の 時(とき)に 役(やく)に 立(た)ちます。 災害(さいがい)の 時(とき)のことを いっしょに かんがえる 関係(かんけい)を つくりましょう。 自分(じぶん)の 住(す)んでいる ところが だれでも 安心(あんしん)して 生活(せいかつ)できる 場所(ばしょ)に なります。
京丹波町(きょうたんばちょう)は 多文化共生(たぶんか きょうせい)を 進(すす)めています

京丹波町(きょうたんばちょう)は、 多文化共生(たぶんか きょうせい)を 進(すす)めています。 外国(がいこく)から 来(き)て ここで 生活(せいかつ)する 外国人(がいこくじん)と、 ここに 住(す)む 日本人(にほんじん)が、 よく わかりあって みんなが 安心(あんしん)して 生活(せいかつ)するためです。
京丹波町国際交流協会(きょうたんばちょう こくさいこうりゅう きょうかい)は、 外国人(がいこくじん)と いっしょに たのしむ会(かい)を したり、 多文化共生(たぶんか きょうせい)について いろいろなことを しらせたり しています。 そして 国(くに)や 文化(ぶんか)が ちがう人(ひと)たちと よい 関係(かんけい)を つくるために 力(ちから)を かしています。
「災害(さいがい)が 起(お)きた時(とき)に みんなが 安全(あんぜん)で いること」も 多文化共生(たぶんか きょうせい)の たいせつなことです。 「毎日(まいにち)の 生活(せいかつ)の 中(なか)で かおを おぼえて 話(はな)す 関係(かんけい)を つくること」「安全(あんぜん)で いるために 必要(ひつよう)なことや たいせつなことを 正(ただ)しく 伝(つた)えて みんなが しること」が 必要(ひつよう)です。 災害(さいがい)の 時(とき)に、 みんなの 力(ちから)を あつめたり、 こまっている人(ひと)に 力(ちから)を かしたりするためです。
ちかくで やっている いっしょに たのしむ会(かい)や、 災害(さいがい)の 時(とき)の ための れんしゅうの会(かい)に 行(い)きましょう。 そして、 ちかくで 生活(せいかつ)している 人(ひと)たちが、 いっしょに よい 関係(かんけい)を つくることから はじめましょう。
京丹波町国際交流協会(きょうたんばちょう こくさいこうりゅう きょうかい)の 公式(こうしき)サイトを 見(み)てください。
京丹波町国際交流協会(きょうたんばちょうこくさいこうりゅうきょうかい)_公式(こうしき)サイト
まとめ
外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちの ための 防災〔ぼうさい=大(おお)きな 地震(じしん)や 台風(たいふう)などの 災害(さいがい)が 起(お)きた時(とき)に 安全(あんぜん)で いる やり方(かた)〕は、 ふつうの 生活(せいかつ)の 中(なか)で じゅんびすることが とても たいせつです。 「いろいろな 国(くに)の ことばで 必要(ひつよう)なことを しらせる」「『やさしい日本語(にほんご)』を うまく つかう」「災害(さいがい)の 時(とき)に 安全(あんぜん)で いる やり方(かた)の れんしゅうを いっしょに する」などを 進(すす)める 必要(ひつよう)が あります。 災害(さいがい)が 起(お)きた時(とき)に、 「いつ どこへ にげたら 安全(あんぜん)か わからない」「避難所(ひなんじょ)のことや にげる やり方(かた)が わからない」「ちかくに こまったことを 相談(そうだん)できる 人(ひと)が いない」という もんだいが 起(お)きることが あるからです。
防災(ぼうさい)で やれることは、 特別(とくべつ)な ことだけでは ありません。 毎日(まいにち)の ふつうの 生活(せいかつ)の 中(なか)で、 住(す)んでいる 場所(ばしょ)で できることが あります。 「かおを おぼえて、 あいさつを したり 話(はなし)を したりする」「いっしょに にげる 場所(ばしょ)を 見(み)に行(い)く」「防災(ぼうさい)の ための れんしゅうの 会(かい)に 『いっしょに 行(い)きましょう』と 言(い)う」などです。 小(ちい)さい ことから はじめましょう。 それは 災害(さいがい)が 起(お)きた時(とき)に 役(やく)に 立(た)ちます。 力(ちから)を かしあうことが できます。 防災(ぼうさい)に、 生(う)まれた 国(くに)や、 文化(ぶんか)や、 ことばの ちがいは 関係(かんけい)ありません。 そこで 生活(せいかつ)する 全部(ぜんぶ)の 人(ひと)に おなじように たいせつな ことです。 おなじ 場所(ばしょ)で 生活(せいかつ)する 人(ひと)たちが、 つよくて よい 関係(かんけい)を つくることは、 災害(さいがい)に まけないための 大(おお)きな 力(ちから)に なります。
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