「やさしい日本語(にほんご)」は どんなものですか?
日本(にほん)で 生活(せいかつ)する 外国人(がいこくじん)が 日本語(にほんご)を うまく つかうのは むずかしいことが あります。 だれでも よくわかり つかいやすい 日本語(にほんご)が 「やさしい日本語(にほんご)」です。
ここでは、「やさしい日本語(にほんご)」は どんなものか 紹介(しょうかい)します。 「やさしい日本語(にほんご)」を なぜ つくりましたか? どんな ところで つかいますか? なぜ 多文化共生(たぶんか きょうせい)で つかいますか? わかりやすく せつめいします。 どんな つかい方(かた)をしたら よいか たいせつな ことを しらせます。
目次
「やさしい(にほんご)」は どんなものですか?
「やさしい日本語(にほんご)」は、 日本語(にほんご)が あまり わからない 外国人(がいこくじん)に わかりやすい 日本語(にほんご)の つかい方(かた)を しています。
むずかしい かん字(じ)や ことばは つかいません。 文(ぶん)は みじかくします。 はじめは 大(おお)きな 地震(じしん)や 大雨(おおあめ)などの 災害(さいがい)の 時(とき)に たいせつなことを しらせるために かんがえました。 しかし、 いまは 国(くに)や 京都府(きょうとふ)などから しらせる時(とき)、 病気(びょうき)について しらせる時(とき)、 学校(がっこう)から しらせる時(とき)などでも つかわれています。
多文化共生(たぶんか きょうせい)の 社会(しゃかい)を つくるために ことばで 伝(つた)えあう たいせつな やり方(かた)です。
外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)に むずかしい 日本語(にほんご)
日本語(にほんご)は かん字(じ)・ひらがな・カタカナを いっしょに つかいます。 敬語〔けいご=話(はな)している人(人)を たいせつにする時(とき)に つかう ていねいな ことば〕や はっきり 言(い)わない 言(い)い方(かた)も よく つかいます。 だから 日本語(にほんご)の 勉強(べんきょう)は むずかしいです。 役所(やくしょ)で もらう 紙(かみ)の 字(じ)や、 病院(びょういん)で 聞(き)いた せつめいの ことばが わからないと とても こまります。
日本人(にほんじん)だけに わかる 特別(とくべつ)な 言(い)い方(かた)も あります。 それが 自分(じぶん)だけ わからないと とても 心配(しんぱい)な きもちに なります。
「やさしい日本語(にほんご)」と「かんたんな日本語(にほんご)」はちがいます
「やさしい日本語(にほんご)」は 日本語(にほんご)を かんたんな ことばに かえるだけでは ありません。
これを つかう 外国人(がいこくじん)に 正(ただ)しく 伝(つた)わるように かんがえます。 だから 文(ぶん)を すこし かえたり、 伝(つた)え方(かた)を かえたりします。
「避難(ひなん)してください」 を かんたんな 日本語(にほんご)に かえると 「にげてください」 になります。 しかし 「ここは あぶないです。 あんぜんな 場所(ばしょ)に いってください」と かえるのが 「やさしい日本語」 です。
やさしい」には、 2つの 意味(いみ)が あります。 「きもちが やさしい」 と 「ことばが かんたん」 の 2つです。 これを つかう 外国人(がいこくじん)に たいせつなことが よく 伝(つた)わることを 一番(いちばん)に かんがえます。
「やさしい日本語(にほんご)」を なぜ つくりましたか?
「やさしい日本語」は、大(おお)きな 地震(じしん)や 大雨(おおあめ)などの 災害(さいがい)が おこった時、 外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちにも 正(ただ)しい おしらせを 伝(つた)えるために かんがえました。
日本(にほん)では、 外国(がいこく)から 来(き)て、 日本(にほん)で 生活(せいかつ)する 人(ひと)たちが とても ふえました。 そして たくさんの 外国人(がいこくじん)に 必要(ひつよう)なことが うまく 伝(つた)わらなくて こまることが あります。 とくに 災害(さいがい)や 火事(かじ)の 時(とき)に 安全(あんぜん)のための 大切(たいせつ)なことが 伝(つた)わらないことが あります。 つかっている日本語(にほんご)が むずかしいからです。
だから だれでも わかる 「やさしい日本語(にほんご)」を かんがえました。
そして いまは、 毎日(まいにち)の 生活(せいかつ)でも 「やさしい日本語」を つかうことが ふえています。
阪神・淡路大震災(はんしん・あわじ だいしんさい)の 時(とき)
1995年(ねん)に 阪神・淡路大震災(はんしん・あわじ だいしんさい)が ありました。とても 大(おお)きな 地震(じしん)でした。 たくさんの 建物(たてもの)や 道(みち)が こわれました。 とても たくさんの 人(ひと)が 死んだり、 けがをしたりしました。 この時(とき)、 外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちは、 必要(ひつ)な ことが わかりませんでした。 だから にげるのが おくれました。 安全(あんぜん)な 場所(ばしょ)に 行(い)くのも、 水(みず)や 食(た)べ物(もの)を もらうのも おくれました。 必要(ひつよう)なことは むずかしい 日本語(にほんご)で しらせていました。 だから、 日本語(にほんご)が あまり わからない 外国人(がいこくじん)に その日本語(にほんご)が 伝(つた)わりませんでした。
こんな こまったことが あったので、 「みんなに わかる 日本語(にほんご)」が 必要(ひつよう)だと たくさんの 人(ひと)が 思(おも)いました。 そして 「やさしい日本語(にほんご)」は たいせつだと かんがえる 人(ひと)が だんだん ふえました。
多文化共生(たぶんか きょうせい)を 進(すす)めるために 「やさしい日本語(にほん)」は 必要(ひつよう)
いまは、 外国(がいこく)から 来(き)て 日本(にほん)で 生活(せいかつ)する 人(ひと)たちが とても ふえています。 日本(にほん)の おおくの 場所(ばしょ)に いろいろな 国(くに)から 来(き)た 外国人(がいこくじん)が 住(す)んでいます。 日本語(にほんご)が あまり わからない人(ひと)は、 役所(やくしょ)や 学校(がっこう)、 病院(びょういん)などで こまることも おおく あります。
「やさしい日本語(にほんご)」を 使(つか)うと、 だれにも 必要(ひつよう)な ことをが わかりやすくなります。 みんなが 安心(あんしん)して 生活(せいかつ)できる やり方(かた)ですから 日本(にほん)の たくさんの 場所(ばしょ)で 使(つか)うように なってきました。 日本語(にほんご)を その人(ひと)の 国(くに)の ことばに かえないで、 日本語(にほんご)で 伝(つた)えるのも よいことです。 多文化共生(たぶんか きょうせい)を 進(すす)めるために とても たいせつな よい やり方(かた)です。 だから たくさんの 人(ひと)たちが つかうように なっています。
「やさしい日本語(にほんご)」は どこで つかいますか?
「やさしい日本語(にほんご)」は、 毎日(まいにち)の 生活(せいかつ)の いろいろな ところで つかいます。 つかう ところを 4つに わけて 紹介(しょうかい)します。
- 役所(やくしょ)などから しらせる時(とき)
- 災害(さいがい)などの 時(とき)
- 学校(がっこう)からの しらせる時(とき)や 勉強(べんきょう)の 時(とき)
- 店(みせ)や 旅行(りょこう)した 場所(ばしょ)
役所(やくしょ)などから しらせる時(とき)
京都府(きょうと ふ)や 京丹波町(きょうたんば ちょう)から そこに 住(す)んでいる人(ひと)たちに しらせる時(とき)は、「やさしい日本語(にほんご)」を つかうことが ふえました。
たとえば、 「ごみの 出(だ)し方(かた)」 「災害(さいがい)の ために じゅんび すること」 「からだが げんきか しらべる ことができる 場所(ばしょ)」など たいせつな ことばは 「やさしい日本語(にほんご)」で わかりやすく 伝(つた)えます。
いろいろな 国(くに)の ことばに かえることが むずかしい時(とき)、 日本語(にほんご)で 伝(つた)えることが できて べんりです。 役所(やくしょ)の 受付(うけつけ)でも つかいます。 外国(がいこく)から 来(き)て そこに 住(す)んでいる 人(ひと)に わかりやすいです。
災害(さいがい)などの 時(とき)
大(おお)きな 地震(じしん)や 大雨(おおあめ)などの 災害(さいがい)の時(とき)、 正(ただ)しいことを できるだけ はやく しることが とても たいせつです。 安全(あんぜん)で いるためです。 しかし 災害(さいがい)の 時(とき)の ことばは むずかしい 日本語(にほんご)が おおいです。 「にげてください。」「あぶないです。 気(き)を つけてください。」と 「やさしい日本語(にほんご)」で 伝(つた)えます。
たとえば 、NHKでは「やさしいことばニュース」で しらせています。 かん字(じ)に ひらがなを つけます。 むずかしい ことばを つかわないで しらせます。 みじかい 文で はっきり わかる 言(い)い方(かた)で 伝(つた)えます。 だから いそぐ時(とき)も わかりやすいです。 外国(がいこく)から 来(き)て 日本語(にほんご)が あまり わからない人(ひと)の ほかに、 おじいさんや おばあさん、 こども、 生活(せいかつ)の 中(なか)で こまることが ある人(ひと)など いろいろな 人(ひと)たちが 安全(あんぜん)で いるために とても たいせつな やり方(かた)です。
学校(がっこう)から しらせる時(とき)や 勉強(べんきょう)の 時(とき)
学校(がっこう)では、日本語(にほんご)が あまり わからない 子(こ)どもたちに 「やさしい日本語(にほんご)」を つかって 教(おし)えます。
「やさしい日本語(にほんご)」で せつめいしたり しらせたりして わかりやすく します。
外国(がいこく)から 来(き)た おかあさんや おとうさんにも 「やさしい日本語」を つかって しらせます。 学校(がっこう)の ことも 家(いえ)の ことも わかりやすく 伝(つた)えたり 聞(き)いたり すると、 子(こ)どもたちも 安心(あんしん)して 学校(がっこう)に 行(い)けます。 これは とても たいせつな やり方(かた)です。
店(みせ)や 旅行(りょこう)した 場所(ばしょ)
外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちが 店(みせ)で 買(か)い物(もの)をしたり、 旅行(りょこう)したりする時(とき)に、 「やさしい日本語(にほんご)」を つかうことも あります。 「やさしい日本語(にほんご)」で わかりやすく 話(はな)したり 書(か)いたりして しらせます。 買(か)いたいものや 行(い)きたい場所(ばしょ)、 しりたいことなどが よく わかって べんりです。
旅行(りょこう)には いろいろな 国(くに)の 人(ひと)たちが 来(き)ます。 その人(ひと)の 国(くに)の ことばに かえないで 日本語(にほんご)で しらせるので つかいやすいです。
「やさしい日本語(にほんご)」は なぜ 多文化共生(たぶんか きょうせい)の 役(やく)に立(た)ちますか?
「やさしい日本語(にほんご)」は、外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)だけに つかいません。 いろいろな 人(ひと)たちに しらせる やり方(かた)です。 やさしい ことばで だれにでも わかりやすく 伝(つた)えると、 わからなくて ひとりで こまる人(ひと)を へらすことができます。
「やさしい日本語(にほんご)」が なぜ 多文化共生(たぶんか きょうせい)の 役(やく)に立(た)つのか せつめいします。
おじいさんや おばあさん 生活(せいかつ)の 中(なか)で こまることがある人(ひと)にも 伝(つた)わりやすい
「やさしい日本語(にほんご)」は おじいさんや おばあさん、 生活(せいかつ)の 中(なか)で こまることがある人(ひと)にも わかりやすいです。
「やさしい日本語(にほんご)」は かん字(じ)に ひらがなを つけます。 むずかしい ことばを つかいません。 みじかい 文(ぶん)で 伝(つた)えます。 聞(き)いたり 読(よ)んだりする ことが むずかしい人(ひと)、 見(み)る 力(ちから)が よわい人(ひと)に わかりやすいです。
しらせることが いろいろな人(ひと)たちに うまく 伝(つた)わると、 みんなが 安心(あんしん)できます。
必要(ひつよう)なことを しらなくて こまる人(ひと)を へらす
ことばが わからなくて たいせつなことや 必要(ひつよう)なことを しらないと こまることが あります。
「やさしい日本語(にほんご)」を つかうと、 役所(やくしょ)から しらせることや 病気(びょうき)について、 災害(さいがい)について などの せつめいが たくさんの 人(ひと)に わかります。
特(とく)に 災害(さいがい)の時(とき)は 必要(ひつよう)なことを はやく 正(ただ)しく しらなければいけません。 死(し)んだり 大(おお)きな けがをしたり しないためです。 だれにでも たいせつなことや 必要(ひつよう)なことが おなじように 伝(つた)わると みんなが 安心(あんしん)して 生活(せいかつ)できます。 これは とても たいせつなことです。
みんなが いっしょに いろいろなことを やれる
「やさしい日本語(にほんご)」を つかうと どこの 国(くに)の 人(ひと)も 話(はな)したり 聞(き)いたり しやすくなります。 ことばが わかりやすいからです。 ことばが あまり わからないと 「言(い)いません」「行(い)きません」「やりません」と 思(おも)います。 でも ことばが わかると 住(す)んでいる場所(ばしょ)や 学校(がっこう)や 仕事(しごと)の 場所(ばしょ)で いろいろなことを 日本人(にほんじん)と いっしょに できるようになります。
だれでも 思(おも)ったことや かんがえたことが 言(い)えたり、 いっしょに 何(なに)かを したりすることは 多文化共生(たぶんか きょうせい)で とても たいせつなことです。 だから 「やさしい日本語(にほんご)」が 必要(ひつよう)です。
「やさしい日本語(にほんご)」の 書(か)き方(かた)で たいせつなこと

「やさしい日本語(にほんご)」を つかう時(とき)に いちばん たいせつな ことは 「人(ひと)に 伝(つた)わる」ことです。 かんたんな ことばを つかう ほかに、 文(ぶん)の つくり方(かた)や どうしたら わかりやすいか かんがえることも たいせつです。
「やさしい日本語(にほんご)」を 書(か)く時(とき)に たいせつに することを 紹介(しょうかい)します。
ひとつの 文(ぶん)を みじかくする
ながい 文(ぶん)は わかりにくいです。 「やさしい日本語(にほんご)」では、ひとつの 文(ぶん)を みじかくすることが たいせつです。
たくさんの ことを ひとつの 文(ぶん)に しません。 ひとつずつ 文(ぶん)に します。 「だれ(なに)が どうする」を はっきり 書(か)きます。 かんたんな みじかい 文(ぶん)を ならべて 書(か)くと わかりやすいです。
| たとえば: 余震(よしん)が起(お)きるおそれもあるため、余震(よしん)に対(たい)して十分(じゅうぶん)に注意(ちゅうい)してください。 よしん あと く じしん き → 余震(後から 来る 地震)に 気をつけて ください。 |
参考(さんこう):「やさしい日本語(にほんご) 」の 手引(てび)き
むずかしい ことばは やさしい ことばに かえる
むずかしい ことばや かん字(じ)だけの ことばは、 外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)に むずかしいです。 いつも つかう かんたんな ことばに かえることが 必要(ひつよう)です。
| たとえば:記入(きにゅう)します か →書きます たとえば:休日(きゅうじつ) やす →休みの日 |
参考(さんこう):「やさしい日本語(にほんご) 」の 手引(てび)き
かんたんな ことばに かわらない時(とき)は せつめいを つけると いいです。 たとえば、「余震(よしん)=あとから 来(く)る地震(じしん)」と むずかしい ことばを せつめいします。 文(ぶん)を 読(よ)む人(ひと)が わかるように かんがえましょう。
はっきり 言(い)わない 言(い)い方(かた)は つかわない
日本語(にほんご)には 「なるべく」「くらい」「ごろ」など はっきり 言(い)わない 言(い)い方(かた)が たくさん あります。 この ことばは 正(ただ)しく 伝(つた)わらないことが ありますから 注意(ちゅうい)してください。
「やさしい日本語(にほんご)」では、 はっきりした ことばで 伝(つた)えましょう。 はっきり 言(い)えば まちがえません。
たとえば、 「早(はや)めに 来(き)てください。」は いつ 来(く)るか わかりません。 「9時(じ)までに 来(き)てください。」と 言(い)えば 来(く)る 時間(じかん)が はっきり わかります。 次(つぎ)の 文(ぶん)は はっきり 言(い)えない時(とき)の 言(い)い方(かた)です。
| たとえば: 地震(じしん)が来(く)る可能性(かのうせい)があります じしん く → 地震が 来る かも しれません |
参考(さんこう):「やさしい日本語(にほんご) 」の 手引(てび)き
「~かもしれません。」は 日本語(にほんご)を 勉強(べんきょう)する 人(ひと)たちが よく しっている 言(い)い方(かた)です。
かん字(じ)を すくなくして ひらがなや せつめいを つける
かん字(じ)が おおい 文(ぶん)は、 日本語(にほんご)が あまり わからない 外国人(がいこくじん)に とても むずかしいです。 かん字(じ)は すくなくして かん字(じ)を つかったら ひらがなを つけます。 ことばと ことばの あいだを あけると わかりやすく なります。
かんたんな ことばでも 意味(いみ)が むずかしい時(とき)は せつめいを つけましょう。 絵(え)を つけるのも いいです。
絵(え)は 目(め)で 見(み)て すぐに わかるので 伝(つた)わりやすいです。
「やさしい日本語(にほんご)」を 生活(せいかつ)で つかう

「やさしい日本語(にほんご)」は 特別(とくべつ)な 時(とき)だけではなく、 毎日(まいにち)の 生活(せいかつ)で つかうことが できます。 「どんな ことばを つかったら よく 伝(つた)わるか」を はじめに かんがえます。
いろいろな ところで 「やさしい日本語(にほんご)」を つかう やり方(かた)を 紹介(しょうかい)します。
住(す)んでいる 場所(ばしょ)で つかう
住(す)んでいる 場所(ばしょ)で みんなが 見(み)る ことばや 文(ぶん)を 「やさしい日本語(にほんご)」で 書(か)きます。 すると たくさんの 人(ひと)に 伝(つた)わります。
ごみを すてる やり方(かた)を 伝(つた)える時(とき)、 たとえば 「可燃(かねん)ごみ」と 書(か)くより、 「もえる ごみ」と 書(か)く方(ほう)が かんたんで よく 伝(つた)わります。
住(す)んでいる 場所(ばしょ)で みんなが 集(あつ)まって たのしいことをする時(とき)、 しらせることを 「やさしい日本語」で 書(か)きます。 すると 外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちも 来(き)やすく なります。 話(はな)す時(とき)も、 わかりやすい ことばで ゆっくり 話(はな)してみましょう。
仕事(しごと)の 場所(ばしょ)で つかう
仕事(しごと)の 場所(ばしょ)では、 会社(かいしゃ)の きまりや 仕事(しごと)の やり方(かた)を 「やさしい日本語」で 書(か)いて 見(み)えるようにします。外国(がいこく)から 来(き)て はたらく人(ひと)たちに わかりやすいです。
たとえば、安全(あんぜん)に 仕事(しごと)を するための 注意(ちゅうい)や 仕事(しごと)の やり方(かた)を 「やさしい日本語(にほんご)」や 絵(え)で 書(か)きます。 仕事(しごと)の まちがいや けがが 少(すく)なくなります。 毎日(まいにち)の 仕事(しごと)の 時(とき)も、 伝(つた)える ことは みじかく はっきり した ことばで 言(い)います。 みんなが はたらきやすく なります。 みんなに よく わかる 仕事(しごと)は、 よいものを たくさん つくることが できます。
学校(がっこう)で つかう
学校(がっこう)では、外国(がいこく)から 日本(にほん)に 勉強(べんきょう)に 来(き)ている 学生(がくせい)に 「やさしい日本語(にほんご)」を つかいます。 日本語(にほんご)が あまり わからない 子(こ)どもにも つかいます。 みんなに しらせることを 書(か)いて 見(み)せる ことばを わかりやすくします。 すると 勉強(べんきょう)や 学校(がっこう)での 生活(せいかつ)が よく わかるようになります。
学校(がっこう)で 学生(がくせい)や 子(こ)どもたちに 毎日(まいにち) 話(はな)す時(とき)も 「やさしい日本語(にほんご)」を つかうようにします。 子(こ)どもたちが 安心(あんしん)して 自分(じぶん)を たいせつにして 学校(がっこう)で 生活(せいかつ)できるように てつだう やり方(かた)です。
京丹波町(きょうたんばちょう)では 多文化共生(たぶんか きょうせい)を 進(すす)めています

京都府(きょうと ふ)の 京丹波町(きょうたんば ちょう)では、 多文化共生(たぶんか きょうせい)を 進(すす)めています。 外国(がいこく) から 来(き)た人(ひと)たちも 安心(あんしん)して 生活(せいかつ)できる 場所(ばしょ)に するためです。
京丹波町(きょうたんばちょう)では、 住(す)んでいる 全部(ぜんぶ)の 人(ひと)の 2.5%くらいが 外国人(がいこくじん)です。
京丹波町国際交流協会(きょうたんばちょう こくさい こうりゅう きょうかい)は、 京丹波町(きょうたんばちょう)の 多文化共生(たぶんか きょうせい)が 進(すす)むことを いろいろ やっています。日本語教室(にほんご きょうしつ)を ひらいたり、 こまっていることを 聞(き)いたり、 みんなで いっしょに たのしむ 会(かい)を ひらいたりします。 そして 外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちと ここに 住(す)む 日本人(にほんじん)が ともだちに なるのを てつだいます。
「やさしい日本語」も つかいます。 だれにも わかりやすく しらせることを たいせつに しています。 この やり方(かた)を 進(すす)めると、 ここで 生活(せいかつ)している みんなが わかりあって 人(ひと)を たいせつに できる 社会(しゃかい)に なっていきます。
京丹波町(きょうたんばちょう)で 近(ちか)くに 住(す)んでいる 人(ひと)たちと いっしょに 「どんな 多文化共生(たぶんか きょうせい)を 進(すす)めているか」を 知(し)りたい 人(ひと)は 公式(こうしき)サイトを 見てください。
京丹波町国際交流協会(きょうたんばちょうこくさいこうりゅうきょうかい)_公式(こうしき)サイト
まとめ
「やさしい日本語(にほんご)」は、 外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちにつかいます。 しかし 外国人(がいこくじん)だけでは ありません。 これは 全部(ぜんぶ)の 人(ひと)に わかりやすく 伝(つた)えることが できる やり方(かた)です。 災害(さいがい)が あった時(とき)、 たいせつな おしらせを みんなに わかりやすく 伝(つた)えるために かんがえました。 いまは、 役場(やくば)や 学校(がっこう)、 仕事(しごと)の 場所(ばしょ)でも つかっています。 伝(つた)え方(かた)で 気(き)をつけることを しったら、 だれでも つかうことが できます。
自分(じぶん)が 生活(せいかつ)している 場所(ばしょ)で 「やさしい日本語(にほんご)」を つかってみましょう。 そして 多文化共生(たぶんか きょうせい)を はじめて みましょう。
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