日本語教室(にほんご きょうしつ)で どんな 勉強(べんきょう)を しますか?
日本(にほん)の いろいろな 場所(ばしょ)に 「日本語教室(にほんごきょうしつ)」が あります。 そこで 生活(せいかつ)する 外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちを てつだう ところです。
「日本語教室(にほんご きょうしつ)という なまえは しっています。」でも、「そこで どんな 勉強(べんきょう)を しますか?」「だれが 教(おし)えますか?」 しらないことも おおいです。
日本語教室(にほんご きょうしつ)は、 会話(かいわ)の れんしゅうや 読(よ)むこと・書(か)くことの 勉強を(べんきょう)を します。 でも それだけでは ありません。 日本(にほん)の いろいろな 場所(ばしょ)で 生活(せいかつ)するために 必要(ひつよう)なことも たくさん 勉強(べんきょう)できます。
ここでは、「日本語教室(にほんご きょうしつ)で どんな 勉強(べんきょう)を しますか?」「日本人(にほんじん)は どんな人(ひと)が どんな 教(おし)え方(かた)を しますか?」「どうしたら いっしょに やれますか?」ということを 紹介(しょうかい)します。 多文化共生(たぶんか きょうせい)や 自分(じぶん)が 住(す)んでいる ところで 外国人(がいこくじん)を てつだうことを やりたいと 思(おも)う人(ひと)は 読(よ)んでください。
目次
- 1 自分(じぶん)が 住(す)んでいる ところの「日本語教室(にほんご きょうしつ)」で どんな 勉強(べんきょう)を しますか?
- 2 日本語教室(にほんご きょうしつ)で やっている 勉強(べんきょう)
- 3 ことばの 勉強(べんきょう)の ほかに 日本語教室(にほんご きょうしつ)で できること
- 4 自分(じぶん)が 住(す)んでいる ところの 日本語教室(にほんご きょうしつ)は なぜ たいせつですか?
- 5 日本語教室(にほんご きょうしつ)の 勉強(べんきょう)はどのように 進(すす)みますか?
- 6 日本語教室(にほんご きょうしつ)の 支援(しえん)ボランティアは 何(なに)を しますか?
- 7 京丹波町(きょうたんばちょう)は 多文化共生(たぶんか きょうせい)を 進(すす)めるために 日本語教室(にほんご きょうしつ)を ひらいています
- 8 まとめ
自分(じぶん)が 住(す)んでいる ところの「日本語教室(にほんご きょうしつ)」で どんな 勉強(べんきょう)を しますか?
日本語教室(にほんご きょうしつ)は、 外国(がいこく)から 来(き)て そこに 住(す)んでいる 人(ひと)たちが 日本語(にほんご)を 勉強(べんきょう)します。会話(かいわ)や 読(よ)むこと・書(か)くことの れんしゅうを します。 でも それだけでは ありません。
「病院(びょういん)や 役所(やくしょ)へ 行(い)った時(とき)の やり方(かた)」「ごみを すてる時(とき)の きまり」「大(おお)きな 地震(じしん)や 台風(たいふう)などの 災害(さいがい)が やって来(き)た時(とき)に 安全(あんぜん)でいる やり方(かた)」「自転車(じてんしゃ)の 正(ただ)しい のり方(かた)などの 交通(こうつう)の きまり」など、 日本(にほん)で 安心(あんしん)して 生活(せいかつ)するために 必要(ひつよう)な ことも 勉強(べんきょう)します。
また、「日本(にほん)で はる・なつ・あき・ふゆに どんなことを するか」「住(す)んでいる ところに どんな 文化(ぶんか)が あるか」を 勉強(べんきょう)したり、「住(す)んでいる ところだけで つかう 言(い)い方(かた)」を 聞(き)いたりします。 いっしょに たのしく 話(はな)して みんなが よい 関係(かんけい)に なります。 日本語教室(にほんご きょうしつ)は、 日本語(にほんご)を 勉強(べんきょう)しながら 生活(せいかつ)の 心配(しんぱい)を すくなくします。 住(す)んでいる ところで 人(ひと)と 人(ひと)の よい 関係(かんけい)を つくる たいせつな 場所(ばしょ)です。
住(す)んでいる ところの 日本語教室(にほんご きょうしつ)については、 次(つぎ)で ていねいに 紹介(しょうかい)しています。
日本語教室(にほんご きょうしつ)は どんな場所(ばしょ)ですか?
日本語教室(にほんご きょうしつ)で やっている 勉強(べんきょう)
日本語教室(にほんご きょうしつ)で やっている 勉強(べんきょう)を、「日本語(にほんご)」と 「生活(せいかつ)・文化(ぶんか)」について 紹介(しょうかい)します。
はじめに 「日本語(にほんご)」について です。
- 毎日(まいにち)の 生活(せいかつ)で つかう 日本語(にほんご)を 勉強(べんきょう)する
- 会話(かいわ)を つかって 人(ひと)と 話(はな)す れんしゅうをする
- ひらがな・カタカナ・かん字(じ)を 勉強(べんきょう)する
- はたらく 場所(ばしょ)や 学校(がっこう)で つかう 日本語(にほんご)を 勉強(べんきょう)する
ひとつずつ せつめいします。
毎日(まいにち)の 生活(せいかつ)で つかう 日本語(にほんご)を 勉強(べんきょう)する
かいもの、病院(びょういん)、役所(やくしょ)、銀行(ぎんこう)、電車・バスなどで、 生活(せいかつ)に つかう 日本語(にほんご)を 日本語教室(にほんご きょうしつ)で 勉強(べんきょう)します。
たとえば、 「○○は どこに ありますか?」「よやくしたいです」「この紙(かみ)を どこに だしますか?」「わたしは ねつが あります」など、 つかえる 言(い)い方(かた)を れんしゅうします。 ことばが わかると 自分(じぶん)で できることが ふえます。 そして、 生活(せいかつ)で 心配(しんぱい)なことが すくなくなります。 また、 住(す)んでいる ところだけで つかう 言(い)い方(かた)は 日本語(にほんご)の テキストに ありません。 それを そこに 住(す)んでいる 日本人(にほんじん)から 聞(き)いて、 しることが できます。
日本語教室(にほんご きょうしつ)は、 生活(せいかつ)に すぐに つかえる 日本語(にほんご)を ちかくで 勉強(べんきょう)できる 場所(ばしょ)です。
会話(かいわ)を つかって 人(ひと)と 話(はな)す れんしゅうをする
日本語教室(にほんご きょうしつ)は、 会話(かいわ)を つかって 人(ひと)と 人(ひと)が 話(はな)す れんしゅうを たいせつにします。
あいさつ、 自分(じぶん)の 紹介(しょうかい)、 ちかくに 住(す)んでいる人(ひと)との 会話(かいわ)、 子(こ)どもの 学校(がっこう)の 先生(せんせい)との 会話(かいわ)など、 いろいろな 場所(ばしょ)で つかうことを かんがえて れんしゅうします。 正(ただ)しい 文法(ぶんぽう)は たいせつです。 でも それだけでは ありません。「自分(じぶん)が 伝(つた)えたいことを 人(ひと)に 伝(つた)える」「人(ひと)の 話(はなし)を 聞(き)いて わかる」ことも たいせつにします。まちがえて いいです。 わからなくて いいです。 わすれても だいじょうぶです。 何回(なんかい)も 何回(なんかい)も れんしゅうします。 そして つかえるように なります。 日本語(にほんご)を 教(おし)えてくれる 日本人(にほんじん)と 会話(かいわ)して つかえるように します。
ひらがな・カタカナ・かん字(じ)を 勉強(べんきょう)する
日本(にほん)で 生活(せいかつ)する時(とき)、 字(じ)を 読(よ)む 力(ちから)は たいせつです。 日本語教室(にほんご きょうしつ)は、「ひらがなや カタカナを 読(よ)むこと・書(か)くこと」「生活(せいかつ)で よく 見(み)る かん字(じ)」などを 勉強(べんきょう)します。
たとえば、「駅(えき)や 病院(びょういん)で 見(み)る ことば」「ごみの 出(だ)し方(かた)の せつめい」「学校(がっこう)から 必要(ひつよう)なことを しらせる 文(ぶん)」「災害(さいがい)が やって来(き)た時(とき)に 安全(あんぜん)でいる やり方(かた)」など、 字(じ)が 読(よ)めると、 わかることが たくさん あります。 ぜんぶ おぼえなくて いいです。 自分(じぶん)が 必要(ひつよう)な ことばを すこしずつ おぼえます。 読(よ)めることばが ふえると、 安心(あんしん)して 生活(せいかつ)できます。
たくさんの 人(ひと)たちに わかるように、「やさしい日本語(にほんご)」が あります。 ひらがな・カタカナを つかいます。 かんたんな 日本語(にほんご)で 伝(つた)えます。 「やさしい日本語」については、 次(つぎ)を 見(み)てください。
はたらく 場所(ばしょ)や 学校(がっこう)で つかう 日本語(にほんご)を 勉強(べんきょう)する
日本語教室(にほんご きょうしつ)で、 はたらく 場所(ばしょ)や 学校(がっこう)で 必要(ひつよう)な 日本語(にほんご)を 勉強(べんきょう)することも あります。「仕事(しごと)のことを しらせる・れんらくしあう・相談(そうだん)する」「上(うえ)の 役(やく)の 人や いっしょに はたらく人(ひと)と 会話(かいわ)する」「子(こ)どもの 学校(がっこう)から もらう 文(ぶん)の 読(よ)み方(かた)」「学校(がっこう)の 先生(せんせい)に れんらくする やり方(かた)」など、 生活(せいかつ)の いろいろな ところで 必要(ひつよう)な 日本語(にほんご)を れんしゅうします。
やりたい人(ひと)は、 日本語能力試験(にほんご のうりょく しけん=JLPT) の ために ことばや 文法(ぶんぽう)などを いっしょに 勉強(べんきょう)することも あります。 日本語教室(にほんご きょうしつ)は ひとりひとりが やりたい ことを 勉強(べんきょう)できます。
ことばの 勉強(べんきょう)の ほかに 日本語教室(にほんご きょうしつ)で できること
日本語教室(にほんご きょうしつ)で やるのは、 ことばの 勉強(べんきょう)だけでは ありません。 日本(にほん)の 生活(せいかつ)で 必要(ひつよう)な ことを しることが できます。 自分(じぶん)が 住(す)んでいるところで 人(ひと)と 人(ひと)の 関係(かんけい)を つくることも できます。
次(つぎ)は、 「生活・文化」に ついて 伝(つた)えます。
- 生活(せいかつ)の きまりや、 役所(やくしょ)で やること、 交通(こうつう)の きまり
- 病院(びょういん)に 行(い)く時(とき)や 災害(さいがい)が 起(お)きた時(とき)に 必要(ひつよう)な こと
- 自分(じぶん)が 住(す)んでいる ところの 人(ひと)たちと いっしょに たのしく 何(なに)かを すること
- 「はる・なつ・あき・ふゆに 日本(にほん)で やること」や 「むかしから 日本(にほん)で たいせつに している 文化(ぶんか)」を けいけんすること
ひとつずつ せつめいします。
生活(せいかつ)の きまりや、 役所(やくしょ)で やること、 交通(こうつう)の きまり
生活(せいかつ)の きまりや、 役所(やくしょ)に 行(い)って すること、 交通(こうつう)の きまりは とても たいせつです。 しらないと こまります。 日本語教室(にほんご きょうしつ)で、 「ごみを いつ どのように すてるか」「役所(やくしょ)で 何(なに)を どうやって するか」「自転車(じてんしゃ)の 正(ただ)しい のり方(かた)」などを 伝(つた)えます。 生活(せいかつ)に 必要(ひつよう)な たいせつなことを 勉強(べんきょう)できます。
きまりや 役所(やくしょ)で やることは、 ことばが とても むずかしいです。 だから 「やさしい日本語(にほんご)」を つかって、 日本人(にほんじん)が いっしょに 勉強(べんきょう)します。 この やり方(かた)で 外国(がいこく)から 来(き)て ちかくに 住(す)んでいる人(ひと)たちの 生活(せいかつ)を てつだいます。 かれらは その場所(ばしょ)で 安心(あんしん)して 安全(あんぜん)に 生活(せいかつ)することが できます。
病院(びょういん)に 行(い)く時(とき)や 災害(さいがい)が 起(お)きた時(とき)に 必要(ひつよう)なこと
病院(びょういん)に 行(い)く時(とき)や 災害(さいがい)が 起(お)きた時(とき)、 必要(ひつよう)な ことを 正(ただ)しく しることが たいせつです。 日本語教室(にほんご きょうしつ)で、「自分(じぶん)の からだの わるいところを 伝(つた)える やり方(かた)」「受付(うけつけ)で つかう ことば」「くすりの のみ方(かた)」「すぐに 医者(いしゃ)に みてほしい時(とき)の れんらくの やり方(かた)」などを れんしゅうすることが あります。
また、 大きな地震(じしん)や 台風(たいふう)が 来(き)た時(とき)、 たくさんの 雨が ふった時(とき)に、 安全(あんぜん)でいる やり方(かた)を いっしょに 勉強(べんきょう)することも あります。 本当(ほんとう)に 災害(さいがい)が 起(お)きた時(とき)に こまらない やり方(かた)は、 とても たいせつな 勉強(べんきょう)です。
多文化共生(たぶんか きょうせい)を 進(すす)めるために、 災害(さいがい)が 起(お)きた時(とき)の じゅんびは とても たいせつです。 次(つぎ)の ところで ていねいに せつめいしています。
外国ルーツの住民の防災対策とは?災害時に地域でできる支援と備えを解説
自分(じぶん)が 住(す)んでいる ところの 人(ひと)たちと いっしょに たのしく 何(なに)かを すること
日本語教室(にほんご きょうしつ)は、 外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちが、 ちかくに 住(す)んでいる 人(ひと)たちと 会(あ)う 場所(ばしょ)です。 日本語(にほんご)の 勉強(べんきょう)だけ ではなく、 ほかのことを している 教室(きょうしつ)も あります。 外国人(がいこくじん)と 日本人(にほんじん)が いっしょに 話(はな)したり、 たのしく 何(なに)かを したり します。 料理(りょうり)をして いっしょに 食(た)べたり、 何(なに)かを つくったり、 スポーツを 楽(たの)しんだり することも あります。
外国(がいこく)から 来(き)て そこに 住(す)んでいる 人(ひと)たちは、 日本語教室(にほんご きょうしつ)で ちかくの 日本人(にほんじん)と しりあいます。 こまった時(とき)に 日本人(にほんじん)に 相談(そうだん)できます。 安心(あんしん)して 生活(せいかつ)できます。 教室(きょうしつ)で かれらを てつだう 日本人(にほんじん)は、 いろいろな 外国人(がいこくじん)と しりあうことが できます。 多文化共生(たぶんか きょうせい)が 自分(じぶん)の ちかい ところに あると 思(おも)えます。
「はる・なつ・あき・ふゆに 日本(にほん)で やること」や 「むかしから日本(にほん)で たいせつに している 文化(ぶんか)」を けいけんすること
日本語教室(にほんご きょうしつ)で、 はる・なつ・あき・ふゆに 日本(にほん)で やることや、 むかしから 日本(にほん)で つづけている 文化(ぶんか)を けいけんすることも あります。 七夕〔たなばた=7月7日〕、節分〔せつぶん=2月3日ごろ〕、ひなまつり〔3月3日〕、書道〔しょどう=ふでと すみで 字(じ)を 書(か)くこと〕、おり紙〔おりがみ=紙(かみ)で いろいろな ものを おること〕、茶道〔さどう=日本(にほん)の みどりの にがい おちゃを のむこと〕など、日本(にほん)の 文化(ぶんか)や 住(す)んでいるところの 習慣(しゅうかん)を けいけんできます。
はんたいに、 外国(がいこく)から 来て そこに 住(す)んでいる 人(ひと)たちが 自分(じぶん)の 国(くに)の 料理(りょうり)、 ことば、 その国(くに)で やっていること、 文化(ぶんか)を 紹介(しょうかい)することも あります。 りょうほうの 文化(ぶんか)を しって、 たのしんだり もっと よく わかりあったり できます。 日本語教室(にほんご きょうしつ)は、 りょうほうの 文化(ぶんか)を 紹介(しょうかい)して いっしょに たのしむ 場所(ばしょ)です。
自分(じぶん)が 住(す)んでいる ところの 日本語教室(にほんご きょうしつ)は なぜ たいせつですか?

日本語教室(にほんご きょうしつ)は、 外国(がいこく)から 来(き)て そこに 住(す)んでいる 人(ひと)たちが 日本語(にほんご)を 勉強(べんきょう)する ところです。 しかし それだけでは ありません。 そこは かれらが 生活(せいかつ)で 心配(しんぱい)なことを すくなくする ところです。 その 場所(ばしょ)で 安心(あんしん)して 生活(せいかつ)することを てつだってもらう ところです。 日本語教室(にほんご きょうしつ)で 会話(かいわ)や、 相談(そうだん)を した時(とき)、 日本人(にほんじん)は かれらの こまっていることや しりたいことが わかります。 だから てつだうことが できます。
日本語教室(にほんご きょうしつ)が、 自分(じぶん)たちの 住(す)んでいる 場所(ばしょ)で どんな 役(やく)に立(た)つか 伝(つた)えます。
日本語(にほんご)が 勉強(べんきょう)できるようにする
日本(にほん)で 生活(せいかつ)している 外国人(がいこくじん)は、 しごとや 子(こ)どもの 世話(せわ)で いそがしい人(ひと)も います。 いそがしいので いつも 日本語(にほんご)を 勉強(べんきょう)できません。 日本語(にほんご)の 学校(がっこう)に 行(い)くのは むずかしいです。
自分(じぶん)が 住(す)んでいる ところの 日本語教室(にほんご きょうしつ)は、ちかくに あります。 だから かんたんに 行(い)くことが できます。 日本語(にほんご)を 勉強(べんきょう)できる たいせつな 場所(ばしょ)に なります。 いつも つかう 会話(かいわ)や 読(よ)むこと・書(か)くこと、 生活(せいかつ)に 必要(ひつよう)な ことばを すこしずつ 勉強(べんきょう)できます。 そして 自分(じぶん)で できること、 わかることが ふえます。 「わたしも できます。」「わたしも わかります。」という きもちで、 安心(あんしん)して 生活(せいかつ)できます。
外国(がいこく)から 来(き)て そこに 住(す)んでいる 人(ひと)たちが こまっていることを へらす
外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちは、 日本語(にほんご)が むずかしくて こまります。 でも、 それだけでは ありません。 自分(じぶん)の 国(くに)と やり方(かた)や 習慣(しゅうかん)が ちがうので こまることも あります。 たとえば、 「役所(やくしょ)が しらせる たいせつなことが 読(よ)めない」「病院(びょういん)で、 自分(じぶん)の からだの ことを うまく 伝(つた)えられない」「子(こ)どもの 学校(がっこう)から 来(き)た 連絡(れんらく)が わからない」 などです。
日本語教室(にほんご きょうしつ)で、 こまったことや わからないことを 聞(き)いてもらえます。 必要(ひつよう)な ことを わかりやすく 伝(つた)えてもらえます。 こまった時(とき)に ちかくに 相談(そうだん)できる人(ひと)が いると、 安心(あんしん)して 生活(せいかつ)することが できます。
住(す)んでいる ところで 人(ひと)と 人(ひと)の 関係(かんけい)を つくる
日本語教室(にほんご きょうしつ)は、 そこに 住(す)んでいる 外国人(がいこくじん)と 日本人(にほんじん)が ふつうに あえる 場所(ばしょ)です。 いっしょに 勉強(べんきょう)したり 会話(かいわ)したり します。 だから かおや なまえを おぼえます。 その人(ひと)が どんな人(ひと)か よく わかります。 毎日(まいにち)の 生活(せいかつ)で あいさつしたり、 いっしょに 何(なに)かを したりできます。 こまったときに てつだいやすく なります。 このような 関係(かんけい)は 「多文化共生(たぶんか きょうせい)」を 進(すす)めます。
多文化共生(たぶんか きょうせい)は、 国(くに)や 文化(ぶんか)の ちがう人(ひと)たちを たいせつに しながら、 おなじ 場所(ばしょ)で いっしょに 生活(せいかつ)していくことです。 日本語教室(にほんご きょうしつ)は、 それを はじめる 場所(ばしょ)です。 住(す)んでいる 場所(ばしょ)を もっと よくするために 役(やく)に 立(た)ちます。
多文化共生(たぶんか きょうせい)が とても たいせつであることは、 次(つぎ)の ところで ていねいに 紹介(しょうかい)しています。
多文化共生(たぶんかきょうせい)は なぜ 必要(ひつよう)ですか
日本語教室(にほんご きょうしつ)の 勉強(べんきょう)はどのように 進(すす)みますか?
日本語教室(にほんご きょうしつ)の 勉強(べんきょう)は、 せいとの 人(ひと)たちが 「どれくらい 日本語(にほんご)が わかるか?」「どんな ことを 勉強(べんきょう)したいか?」に あわせて 進(すす)みます。 まだ 日本語(にほんご)が あまり わからない人(ひと)は、 あいさつや かんたんな 会話(かいわ)から はじめます。 すこし わかる人(ひと)は 生活(せいかつ)で つかう 会話(かいわ)の れんしゅうや 読(よ)むこと・書(か)くことを やります。
やり方(かた)は、 「ひとりの せいとと ひとりの 先生(せんせい)で 勉強(べんきょう)する」「二人(ふたり)や 三人(さんにん)の せいとと ひとりの 先生(せんせい)で 勉強(べんきょう)する」など いろいろ あります。 このごろは インターネットを つかう やり方(かた)など 勉強(べんきょう)しやすい やり方(かた)が ふえています。
日本語教室(にほんご きょうしつ)は 支援(しえん)ボランティアがやっている
住(す)んでいる 場所(ばしょ)の 日本語教室(にほんご きょうしつ)は、 そこで 生活(せいかつ)していて、 国際交流(こくさい こうりゅう)〔=いろいろな 国(くに)の 人(ひと)たちと よい 関係(かんけい)を つくること〕を たいせつに 思(おも)っている人(ひと)たちが やっています。 かれらは、 支援(しえん)ボランティア〔=自分(じぶん)から 進(すす)んで たいせつに 思(おも)うことを てつだう 人(ひと)たち〕と いいます。 ボランティアは しごとでは ありません。
支援(しえん)ボランティアは、 特別(とくべつ)に 日本語(にほんご)を 教(おし)える 勉強(べんきょう)を していなくても だいじょうぶです。 日本語教師(にほんご きょうし)とは ちがいます。 「いっしょに 会話する」 「テキストを いっしょに 読(よ)む」 「生活(せいかつ)に 必要(ひつよう)な ことを わかりやすく 伝(つた)える」など やることは たくさん あります。
せいとの 話(はなし)を ゆっくり ていねいに 聞(き)いて、 いっしょに 勉強するきもちが たいせつです。 支援(しえん)ボランティアを やると ちかくに 住(す)んでいる 外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちと よい 関係(かんけい)が つくれます。 多文化共生(たぶんか きょうせい)が 自分(じぶん)に ちかいものだと 思(おも)うことが できます。
日本語教室(にほんご きょうしつ)の 支援(しえん)ボランティアは 何(なに)を しますか?

自分(じぶん)が 住(す)んでいる ところに ある 日本語教室(にほんご きょうしつ)で、 日本人(にほんじん)の 支援(しえん)ボランティアは こんな ことを します。
- 日本語(にほんご)の 勉強(べんきょう)を てつだう
- せいとと いっしょに 会話(かいわ)する
- 生活(せいかつ)で わからないことや こまったことを 聞(き)く
- 日本語教室(にほんご きょうしつ)が うまく やれるように てつだう
日本語教室(にほんご きょうしつ)に きょうみが ある人(ひと)は、 ちかくの 国際交流協会(こくさいこうりゅう きょうかい)や 役所(やくしょ)に 聞(き)いてみましょう。
京丹波町(きょうたんばちょう)で 日本語教室(にほんご きょうしつ)を てつだいませんか? ここから 連絡(れんらく)してください
日本語(にほんご)の 勉強(べんきょう)を てつだう
日本語教室(にほんご きょうしつ)の 支援(しえん)ボランティアは、 せいとが 日本語(にほんご)を 勉強(べんきょう)するのを てつだいます。 支援(しえん)ボランティアは 日本語教師〔にほんご きょうし=日本語(にほんご)の 正(ただ)しい 教(おし)え方(かた)を 勉強(べんきょう)した 先生(せんせい)〕では ありません。 だから せいとの 勉強(べんきょう)を てつだうことが おおいです。 「テキストを いっしょに 読(よ)む」「ことばの 意味(いみ)を せつめいする」「はつおんや さくぶんの れんしゅうを てつだう」などを します。
教室(きょうしつ)に 来(く)る 外国人(がいこくじん)は 「はじめて 日本語(にほんご)の 勉強(べんきょう)を する人(ひと)」「しごとや 学校(がっこう)で 日本語(にほんご)を つかいたい人(ひと)」「日本語能力試験(にほんご のうりょく しけん)=JLPT を うけて もっと よい しごとを したい人(ひと)」など いろいろ います。 その人(ひと)が やりたいことに あわせて てつだうことが たいせつです。 しっかりと 正(ただ)しく 教(おし)えるよりも たいせつなことが あります。
日本語教室(にほんご きょうしつ)は、「わからないことを 安心(あんしん)して 聞(き)けます。」「まちがえても だいじょうぶです。」「わからないことや まちがえたことを 何回(なんかい)も れんしゅうできます。」これが とても たいせつです。
せいとと いっしょに 会話(かいわ)する
日本語(にほんご)を 勉強(べんきょう)する時(とき)、 日本語(にほんご)で 会話(かいわ)するのは とても たいせつです。 しかし、 外国人(がいこくじん)が 生活(せいかつ)の 中(なか)で 日本語(にほんご)を つかうことは すくないです。 支援(しえん)ボランティアは、 あいさつ、 自分(じぶん)の 紹介(しょうかい)、 かいもの、 病院(びょういん)、 学校(がっこう)、 はたらく場所(ばしょ)などで つかう 会話(かいわ)を いっしょに れんしゅうします。
すこし まちがった時(とき)、「それは ちがいます。 正(ただ)しく 言(い)いましょう。」と いつも 言(い)われると どうですか? 「わたしは だめです。 いつも うまく 言(い)えません。」と 思(おも)います。 だから 「わたしは うまく 伝ええることが できた」「日本語(にほんご)を うまく 話(はな)すことが できた」という けいけんが たいせつです。 何回(なんかい)も うまく やれると 「わたしも できます」という うれしい きもちに なります。 テキストの 会話(かいわ)の れんしゅうだけが 勉強(べんきょう)では ありません。 生活(せいかつ)のことや 住(す)んでいる ところの 話(はなし)なども たいせつな 会話の れんしゅうに なります。
生活(せいかつ)で わからないことや こまったことを 聞(き)く
日本語教室(にほんご きょうしつ)で 勉強(べんきょう)を している時(とき)、 生活(せいかつ)の 中(なか)の わからないことや こまったことを 相談(そうだん)されることが あります。 たとえば、 役所(たくしょ)から 来(き)た しらせる 文章(ぶんしょう)の 意味(いみ)、 ごみを すてる時(とき)の きまり、 病院(びょういん)の 予約(よやく)の やり方(かた)、 学校(がっこう)から もらった しらせる 文章(ぶんしょう)の 意味(いみ)などです。
支援(しえん)ボランティアは、 それを「やさしい日本語(にほんご)」で せつめいします。 どんなことか いっしょに しらべます。 しかし、 支援(しえん)ボランティアが よく わからないことや できないことは、 役所(やくしょ)や それが よく わかる ところに 相談(そうだん)することも たいせつです。 外国(がいこく)から 来(き)て そこに 住(す)んでいる人(ひと)たちは、 ちかい ところで 支援(しえん)ボランティアに 相談(そうだん)できます。 かれらは 安心(あんしん)して 安全(あんぜん)に 生活(せいかつ)することが できます。
日本語教室(にほんご きょうしつ)が うまく やれるように てつだう
支援(しえん)ボランティアは 日本語(にほんご)の 勉強(べんきょう)を てつだうだけでは ありません。 教室(きょうしつ)や テキストの じゅんび、 教室(きょうしつ)に 来(く)る せいとへの れんらくも します。 みんなで いっしょに やる たのしい会(かい)や 文化(ぶんか)を けいけんする会(かい)などを てつだうことも あります。
文化(ぶんか)を けいけんする 会(かい)や、 ちかくに 住(す)む人(ひと)たちと いっしょに やる たのしい会(かい)で、 場所(ばしょ)を じゅんびしたり、 会(かい)を 進(すす)める てつだいを したり、 みんなが よい 関係(かんけい)を つくれるようにしたり します。 こんな 支援(しえん)ボランティアの 役(やく)が 日本語教室(にほんご きょうしつ)に 必要(ひつよう)です。 むりは しないでください。 自分(じぶん)が できることを たのしく やりましょう。 それが 住(す)んでいるところの 多文化共生(たぶんか きょうせい)を 進(すす)めます。
どうしたら 日本語教室(にほんご きょうしつ)の 支援(しえん)ボランティアに なれますか?
日本語教室(にほんご きょうしつ)の 支援(しえん)ボランティアに なりたい人(ひと)は、 自分(じぶん)が 住(す)んでいる 場所(ばしょ)の 役所(やくしょ)や 国際交流協会(こくさいこうりゅう きょうかい)の ホームページなどを しらべてみましょう。
「日本語教室 (にほんご きょうしつ)支援(しえん)ボランティア」「国際交流協会(こくさいこうりゅう きょうかい) 日本語教室(にほんご きょうしつ)」などの ことばで さがしましょう。 どうやって はじめるか、 やり方は いろいろ ちがいます。 どんなことを いつ やっているか、 どんな けいけんが 必要(ひつよう)か、 よく しらべてください。 自分(じぶん)に あった やり方(かた)を えらびましょう。
むりを しないで つづけることが たいせつです。 それが 勉強(べんきょう)に 来(く)る人(ひと)たちと よい 関係(かんけい)を つくります。
京丹波町(きょうたんばちょう)で 日本語教室(にほんご きょうしつ)を てつだいませんか? ここから 連絡(れんらく)してください
京丹波町(きょうたんばちょう)は 多文化共生(たぶんか きょうせい)を 進(すす)めるために 日本語教室(にほんご きょうしつ)を ひらいています

京丹波町国際交流協会(きょうたんばちょう こくさいこうりゅう きょうかい)は、 日本語教室(にほんご きょうしつ)を ひらいています。 京丹波町(きょうたんばちょう)で 生活(せいかつ)する 外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちが、 日本語(にほんご)を 勉強(べんきょう)するためです。 そして 日本(にほん)の 生活(せいかつ)で こまることを すくなくするためです。
教室(きょうしつ)で、 ひとりひとりの やりたいことに あわせて 勉強(べんきょう)を てつだいます。 それから、 着物(きもの)・茶道(さどう)・書道(しょどう)などの 日本(にほん)の 文化(ぶんか)を けいけんする会(かい)や、 みんなで いっしょに たのしむ会(かい)も やっています。 外国(がいこく)から 来(き)て 京丹波町(きょうたんばちょう)に 住(す)んでいる人(ひと)たちと 京丹波町(きょうたんばちょう)の 日本人(にほんじん)が、 ちがう 国(くに)の 文化(ぶんか)を しって、 よく わかりあうことを とても たいせつに しています。
日本語教室(にほんご きょうしつ)の 支援(しえん)ボランティアに 来(き)てください
京丹波町国際交流協会(きょうたんばちょう こくさいこうりゅう きょうかい)は、 外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちの 「日本語(にほんご)を 勉強(べんきょう)したい」という きもちを しって、 その 勉強(べんきょう)を てつだう人(ひと)に たくさん 来(き)てほしいです。 外国(がいこく)の ことばを うまく つかう 必要(ひつよう)は ありません。 日本語教師(にほんご きょうし)のように 日本語(にほんご)の 正(ただ)しい 教(おし)え方(かた)を しらなくて だいじょうぶです。
来(き)てほしい人(ひと)は、「京丹波町(きょうたんばちょう)に 住(す)んでいる人(ひと)」「京丹波町(きょうたんばちょう)で はたらいている人(ひと)」「生(う)まれた時(とき)から 日本語(にほんご)を つかっている人(ひと)」です。 何(なん)さいでも いいです。 日本語(にほんご)を 教(おし)えたことが なくても だいじょうぶです。 来(き)たいと 思(おも)う人(ひと)は、 電話(でんわ)・メール・ホームページから 協会(きょうかい)に れんらくして ください。 教室(きょうしつ)を 見(み)に来(く)ることが できます。 はじめて 日本語(にほんご)を 教(おし)える人(ひと)は、 いま 支援(しえん)ボランティアを やっている人(ひと)を いっしょに てつだって、 やり方(かた)を しることが できます。
京丹波町(きょうたんばちょう)で できる 国際交流(こくさい こうりゅう)や 多文化共生(たぶんか きょうせい)に きょうみが ある人(ひと)は、 来(き)てください。
京丹波町(きょうたんばちょう)の 日本語教室(にほんご きょうしつ)を もっと しりたい人(ひと)は こちらから
まとめ
日本語教室(にほんご きょうしつ)は、 日本語(にほんご)を 勉強(べんきょう)する場所(ばしょ)です。 でも、 それだけでは ありません。 外国(がいこく)から 来(き)て そこに 住(す)んでいる人(ひと)たちが、 安心(あんしん)して 生活(せいかつ)するための たいせつな 場所(ばしょ)です。 毎日(まいにち)の 生活(せいかつ)で つかう 日本語(にほんご)の 会話(かいわ)、 読(よ)むこと・書(か)くこと、 役所(やくしょ)や 病院(びょういん)で つかう 日本語(にほんご)、 災害(さいがい)の時(とき)に 安全(あんぜん)でいる やり方(かた)、 ごみを すてる時(とき)の きまりなど、 生活(せいかつ)に 必要(ひつよう)な たいせつなことを しることが できます。
また、日本語教室(にほんご きょうしつ)は、 外国(がいこく)から 来(き)た 人(ひと)たちと、そこに 住(す)んでいる 日本人(にほんじん)が あって、 よい 関係(かんけい)を つくる 場所(ばしょ)です。 いっしょに 会話(かいわ)を したり、 文化(ぶんか)の けいけんを たのしんだり します。 そして その人(ひと)の かおや なまえを おぼえて、 どんな人(ひと)か しることが、 多文化共生(たぶんか きょうせい)を 進(すす)めます。
日本語教室(にほんご きょうしつ)の 支援(しえん)ボランティアは、 正(ただ)しい 教(おし)え方(かた)を 勉強(べんきょう)した 日本語(にほんご)の 先生(せんせい)で なくても できることが あります。 「いっしょに 会話(かいわ)を する」「勉強(べんきょう)を てつだう」「教室(きょうしつ)の じゅんびを てつだう」 など、 自分(じぶん)が できることから はじめることが できます。 住(す)んでいる 場所(ばしょ)で、 生活(せいかつ)する人(ひと) みんなが よい 関係(かんけい)を つくるために できることです。 役所(やくしょ)や 国際交流協会(こくさいこうりゅう きょうかい)が しらせていることを しらべてみましょう。 日本語教室(にほんご きょうしつ)の 支援(しえん)ボランティアを いっしょに はじめることを かんがえてみてください。
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