close

どうしたら 国(くに)や 文化(ぶんか)が ちがう人(ひと)たちを たいせつに しながら いっしょに 生活(せいかつ)できますか?

自分(じぶん)が 住(す)んでいる ところで 外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちが 生活(せいかつ)していることは、 このごろ ふつうに なってきました。

ちかくの 店(みせ)や レストランで はたらいている人(ひと)、 学校(がっこう)で いっしょに 勉強(べんきょう)する 子(こ)どもたち、 住(す)んでいるところの いろいろな 会(かい)に 来(く)る かぞくなど、 わたしたちの 生活(せいかつ)の 中(なか)で 多文化共生〔たぶんか きょうせい=国(くに)や 文化(ぶんか)が ちがう人(ひと)たちが みんな おなじように たいせつにされて おなじ場所(ばしょ)で 生活(せいかつ)したり はたらいたりできること〕は もう はじまっています。 でも 「つかう ことばが ちがう」「文化(ぶんか)が ちがう」「生活(せいかつ)の 習慣(しゅうかん)が ちがう」人(ひと)たちと どんな 話(はなし)を するか、 どんな 関係(かんけい)を つくるか わからないので こまることが あるかもしれません。

外国(がいこく)から 来(き)て そこで 生活(せいかつ)している人たちと 共生(きょうせい)することは 特別(とくべつ)な ことでは ありません。 それは 「自分(じぶん)と ちがう 人(ひと)たちの ことを しりたい」 という きもちや、 ふつうの 毎日(まいにち)の 中(なか)で できる 小(ちい)さな ことから はじまります。

ここでは、 「なぜ 外国人(がいこくじん)と 共生(きょうせい)することが たいせつか?」 について 伝(つた)えます。 「出入国在留管理庁〔しゅつにゅうこく ざいりゅう かんりちょう=日本(にほん)に 住(す)む 外国人(がいこくじん)の ことを 担当(たんとう)する 役所(やくしょ)=入管(にゅうかん)〕が 出(だ)している ロードマップ」「日本(にほん)の いろいろな 場所(ばしょ)で やっていること」「わたしたちに できること」も 紹介(しょうかい)します。

目次

「外国(がいこく)から 来(き)た 人(ひと)たちと 共生(きょうせい)する」とは どういうことですか?

外国(がいこく)から 来(き)た 人(ひと)たちと 「共生(きょうせい)」する とは、 どういうことですか? 「生(う)まれた国(くに)」「文化(ぶんか)」「つかう ことば」「生活(せいかつ)の 習慣(しゅうかん)」が ちがっても、 おなじ 場所(ばしょ)に 住(す)む ひとりひとりを みんなが たいせつにして 生活(せいかつ)することです。 ちがうから 「いっしょに できません」「いっしょに 生活(せいかつ)しません」というのでは ありません。

日本(にほん)で 生活(せいかつ)する 外国人(がいこくじん)は ふえています。 だから 住(す)んでいる ところの 学校(がっこう)、 はたらく 場所(ばしょ)、 家(いえ)の ちかく、 かいものに 行(い)く 店(みせ)などで、 外国人(がいこくじん)に あうことも おおいです。

「外国人(がいこくじん)は 自分(じぶん)と ちがうから 特別(とくべつ)です」と 思(おも)わないでください。 「ちがうことは しっています。 ちがうけれども、 安心(あんしん)して 話(はな)したり、 いっしょに 何(なに)かを したりする 関係(かんけい)を つくりましょう。」という きもちが たいせつです。 「あいさつをする」「こまっていることを てつだう」「わかりやすい ことばで 伝(つた)える」など、 毎日(まいにち)の 生活(せいかつ)で ふつうに できる 小(ちい)さな ことが あります。 そこから 共生(きょうせい)が はじまります。

共生(きょうせい)は 「てつだう・力(ちから)を かす」だけでは ありません

「外国人(がいこくじん)と 共生(きょうせい)する」ことは、 たとえば 「日本語(にほんご)を 教(おし)える」ことや 「生活(せいかつ)に 必要(ひつよう)な ことを 伝(つた)える」ことが あります。 それは たいせつです。 しかし、 共生(きょうせい)は 「外国人(がいこくじん)に 力(ちから)を かす」ことだけでは ありません。

日本(にほん)に 来(き)て そこに 住(す)んでいる 外国人(がいこくじん)は、 その場所(ばしょ)を いっしょに つくる たいせつな 人(ひと)たちです。 日本(にほん)と ちがう かれらの 文化(ぶんか)や かんがえ方(かた)から、 あたらしい ものの かんがえ方(かた)や 関係(かんけい)が 生(う)まれることも あります。 これは 「多文化共生(たぶんか きょうせい)」の かんがえ方(かた)です。 「生(う)まれて 大(おお)きくなった国(くに)が ちがう 人(ひと)たちが、 みんな おなじように たいせつに されて、 おなじ 場所(ばしょ)で 生活(せいかつ)したり はたらいたり できる 社会(しゃかい)」を つくる ものです。

多文化共生(たぶんか きょうせい)については、 次(つぎ)の ところで ていねいに 説明(せつめい)しています。

多文化共生(たぶんかきょうせい)は なぜ 必要(ひつよう)ですか?

外国(がいこく)から 来(き)て そこに 住(す)んでいる 人(ひと)たちと 共生(きょうせい)することは なぜ たいせつですか?

日本(にほん)の 社会(しゃかい)は とても 変(か)わりました。 外国(がいこく)から 来(き)て はたらく人(ひと)、 勉強(べんきょう)する人、 家族(かぞく)と いっしょに 生活(せいかつ)する人(ひと)などが、 日本(にほん)の どの場所(ばしょ)でも とても ふえています。 そして、 その場所(ばしょ)を 日本人(にほんじん)と いっしょに つくる 人(ひと)に なっています。 だから 共生(きょうせい)が とても たいせつです。

たいせつな 理由(りゆう)を もっと わかりやすく せつめいします。

外国(がいこく)から 来(き)て 日本(にほん)で 生活(せいかつ)する 人(ひと)たちが ふえているから

外国(がいこく)から 来(き)て 日本(にほん)で 生活(せいかつ)する 人(ひと)たちは、 いま だんだん ふえています。 「はたらくため」「勉強(べんきょう)の ため」「家族(かぞく)と 住(す)む ため」など 日本(にほん)に 来(く)る 理由(りゆう)は いろいろ あります。 しごとの 場所(ばしょ)や 学校(がっこう)、 店(みせ)、 家(いえ)の ちかくなどで かれらに あうことが おおくなりました。

特(とく)に、 はたらく人(ひと)が たりなくて こまっている ところで、 外国(がいこく)から 来(き)た 人(ひと)たちが たくさん はたらいています。 かれらが はたらいて いるので、 日本(にほん)は うまく やれています。 また、 かれらの 文化(ぶんか)や かんがえ方(かた)が あたらしく 入(はい)ってきます。 すると、「のんだり 食(た)べたり すること」「いっしょに 何(なに)か たのしいことを すること」「勉強(べんきょう)すること」「旅行(りょこう)すること」などが もっと ふえて ひろくなります。 そして 住(す)んでいる 場所(ばしょ)が もっと たのしく げんきに なります。

外国(がいこく)から 来(き)た 人(ひと)たちは、 いっしょに 生活(せいかつ)する 場所(ばしょ)を つくる人(ひと)たちです。 だから かれらと よい 関係(かんけい)を つくることが とても たいせつです。

日本(にほん)の いろいろな 場所(ばしょ)で 「ちがっていることを たいせつにする」やり方(かた)が 進(すす)んでいるから

日本(にほん)の いろいろな 場所(ばしょ)で、 「生(う)まれた 国(くに)」「つかう ことば」「たいせつな 神様(かみさま)」「食(た)べるものや 食(た)べ方(かた)」「かぞくの 関係(かんけい)」などが ちがう人(ひと)たちが ふえています。 そして 日本人(にほんじん)と おなじ ところで いっしょに 生活(せいかつ)しています。 だから 毎日(まいにち)の 生活(せいかつ)で 必要(ひつよう)な たいせつな ことが うまく 伝(つた)えられないことが あります。 たとえば、「ごみを すてる やり方(かた)」「学校(がっこう)から しらせること」「大(おお)きな 地震(じしん)や 台風(たいふう)などの 災害(さいがい)の時(とき)に 安全(あんぜん)で いるために 伝(つた)えること」などです。

「日本(にほん)で みんなが しっている ふつうの ことは、 外国人(がいこくじん)も わかっている」と かんがえないで ください。 いろいろな ことが ちがう 人(ひと)たちが たくさん 生活(せいかつ)している 場所(ばしょ)では、 みんなに 伝(つた)える やり方(かた)を かんがえなければ なりません。 「わかりやすい ことばを つかう」「いろいろな 国(くに)の ことばで しらせる」「ちがう 文化(ぶんか)や やり方(かた)は だめだと 思(おも)わない」ことが 必要(ひつよう)です。 そのことが、 ひとりひとりの 安心(あんしん)な 生活(せいかつ)や みんなの よい 関係(かんけい)を つくります。

だれでも 生活(せいかつ)しやすい 社会(しゃかい)を つくれるから

外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちと 共生(きょうせい)することは 外国人(がいこくじん)の 役(やく)に 立(た)ちます。 しかし それだけでは ありません。 わかりやすい ことばで 必要(ひつよう)なことを 伝(つた)えることは、 子(こ)どもや おじいさん・おばあさん、 生活(せいかつ)の なかで こまることが ある人(ひと)の 役(やく)に 立(た)ちます。

「こまった時(とき)に すぐに 相談(そうだん)できる 場所(ばしょ)が あること」「いつも あいさつする 関係(かんけい)が あること」「災害(さいがい)の時(とき)に にげられないで こまる人(ひと)が のこらないように すること」は そこに 住(す)んでいる 全部(ぜんぶ)の 人(ひと)が 安心(あんしん)できます。 多文化共生(たぶんか きょうせい)は、 外国人(がいこくじん)の ための 特別(とくべつ)な ことではありません。 いろいろ ちがっている 人(ひと)たちが だれでも、 住(す)んでいる場所(ばしょ)で 安心(あんしん)して ふつうに 生活(せいかつ)できる たいせつな かんがえ方(かた)です。

外国(がいこく)から 来(き)て 日本(にほん)で 生活(せいかつ)する 人(ひと)たちと 共生(きょうせい)することは もう はじまっています!

「外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちと 共生(きょうせい)する」ことは 特別(とくべつ)な きまりを つくって やることでは ありません。 たくさんの 人(ひと)や お金(かね)が なくても できます。 共生(きょうせい)は わたしたちの 生活(せいかつ)に ちかい ところで もう はじまっています。

たとえば こんなことが あります。

  • 店(みせ)や レストランで はたらく 外国人(がいこくじん)と あう
  • 必要(ひつよう)なことを 「やさしい日本語(にほんご)」を つかって 伝(つた)える
  • 学校(がっこう)や 住(す)んでいる場所(ばしょ)の いろいろな 会(かい)で 外国人(がいこくじん)と いっしょになる

どんなことか 説明(せつめい)します。

店(みせ)や レストランで はたらく 外国人(がいこくじん)と あう

このごろ 店(みせ)や レストラン、 工場(こうじょう)、 おじいさんや おばあさんが 世話(せわ)を うけるところ などで、 外国(がいこく)から 来(き)た 人(ひと)たちが はたらいているのを よく 見(み)ます。

わたしたちが ふつうに つかう 場所(ばしょ)で、 かれらが はたらくことは 必要(ひつよう)に なっています。 だから、「かれらの 話(はな)す 日本語(にほんご)が すこし ちがう」「かれらの なまえが 外国人(がいこくじん)の なまえだ」と わかった時(とき)、 やさしい きもちに なって ほしいです。

「ゆっくり 話(はな)す」「『ありがとう』と 言(い)う」ことが 小(ちい)さいけれど たいせつです。 はたらく かれらが 安心(あんしん)できるからです。 毎日(まいにち)の 生活(せいかつ)で かいものを したり、 食(た)べに 行(い)ったりする時(とき)、 共生(きょうせい)を はじめることが できます。

必要(ひつよう)なことを 「やさしい日本語(にほんご)」を つかって 伝(つた)える

役所(やくしょ)や 住(す)んでいるところの 会(かい)が、 何(なに)かを しらせる時(とき)、「やさしい日本語(にほんご)」を つかうことが ふえています。 「やさしい日本語(にほんご)」は、 むずかしい ことばを つかいません。 みじかい わかりやすい 日本語(にほんご)で 伝(つた)えます。 「やさしい日本語(にほんご)」の 「やさしい」は 意味(いみ)が 2つ あります。 1つは、「かんたんな・読(よ)みやすい」という 意味(いみ)です。 もう1つは、 「きもちが やさしい」という 意味(いみ)です。

たとえば、 駅(えき)の 中(なか)で 「ここ で たちどまらないで ください」と 書(か)かれたものを 見(み)たことが ありますか?

ほかにも、 「大(おお)きな 地震(じしん)や 台風(たいふう)などの 災害(さいがい)が 起(お)きた時(とき)に 安全(あんぜん)でいる やり方(かた)」「ごみを すてる 時(とき)の きまり」「みんなが あつまって 何(なに)かを することを しらせる時(とき)」「役所(やくしょ)や 病院(びょういん)で する 必要(ひつよう)な ことの やり方(かた)」などが 「やさしい日本語(にほんご)」で 書(か)かれることが ふえています。

「やさしい日本語(にほんご)」は 全部(ぜんぶ)の人(ひと)に わかりやすく しらせるための やり方(かた)です。 そして これは だれでも 安心(あんしん)して 安全(あんぜん)に 生活(せいかつ)できる場所(ばしょ)を つくるための やり方(かた)です。

「やさしい日本語(にほんご)」については、 次(つぎ)の ところを 見(み)てください。

「やさしい日本語(にほんご)」は どんな ものですか?

学校(がっこう)や 住(す)んでいる場所(ばしょ)の いろいろな 会(かい)で 外国人(がいこくじん)と いっしょになる

学校(がっこう)や 住(す)んでいる場所(ばしょ)でも、 国(くに)や 文化(ぶんか)が ちがう人(ひと)たちと いっしょに 生活(せいかつ)する やり方(かた)は すこしずつ 進(すす)んでいます。 外国(がいこく)から 来(き)た 子(こ)どもが おなじ きょうしつで 勉強(べんきょう)します。 住(す)んでいる場所(ばしょ)で やる いろいろな 会(かい)に 外国(がいこく)から 来(き)た 人(ひと)たちが かぞくで 来(き)ます。 毎日(まいにち)の ふつうの 生活(せいかつ)の 中(なか)で、 ちがう 国(くに)の 文化(ぶんか)を けいけんすることが あります。

「外国(がいこく)の ことば」「外国(がいこく)の 食(た)べもの」「外国(がいこく)で やっていること」「外国(がいこく)の かぞくの 習慣(しゅうかん)」を しりましょう。 ちがうことを しると、 自分(じぶん)の ものの 見方(みかた)や かんがえ方(かた)が ひろくなります。 それは 子(こ)どもにも おとなにも たいせつです。 はじめは どうしたらいいか わからなくて こまるかもしれません。 でも あいさつをしたり いっしょに 何(なに)かを したり してみましょう。 すこしずつ よい 関係(かんけい)が つくれます。 住(す)んでいる場所(ばしょ)で、 国(くに)や 文化(ぶんか)が ちがう人(ひと)たちと いっしょに 生活(せいかつ)すると、 ほかの 国(くに)の ことを しりあったり 勉強(べんきょう)しあったり できます。

出入国在留管理庁(しゅつにゅうこく ざいりゅう かんりちょう)=入管(にゅうかん)が 進(すす)める「外国人(がいこくじん)と 共生(きょうせい)する 社会(しゃかい)を つくること」

出入国在留管理庁〔しゅつにゅうこく ざいりゅう かんりちょう=日本(にほん)に 住(す)む 外国人(がいこくじん)の ことを 担当(たんとう)する 役所(やくしょ)=入管(にゅうかん)〕は、「外国人(がいこくじん)と 共生(きょうせい)する 社会(しゃかい)を つくるための ロードマップ」を 出(だ)しています。 そして、 日本(にほん)の 国(くに)の 全部(ぜんぶ)で 外国人(がいこくじん)と 共生(きょうせい)する 社会(しゃかい)を つくることを 進(すす)めています。

このロードマップは、日この ロードマップは、「日本(にほん)は 外国人(がいこくじん)と 共生(きょうせい)するために どんな 社会(しゃかい)を つくるか」「そのために これから 何(なに)を することが 必要(ひつよう)か」「いま すぐに やることは 何(なに)か」について 書(か)いています。本が目指す外国人との共生社会の姿や、その実現に向けて取り組むべき中長期的な課題、具体的な施策をまとめたものです。

外国人(がいこくじん)は、『日本人(にほんじん)が 「てつだう・力(ちから)を かす」 だけの 人(ひと)たち』では ありません。 『これから 日本(にほん)の 社会(しゃかい)を いっしょに つくっていく 人(ひと)たち』です。 だから、「日本語(にほんご)の 勉強(べんきょう)が できる」「わからないことや こまったことを 相談(そうだん)できる」「子(こ)どもの 世話(せわ)を したり、子(こ)どもに 勉強(べんきょう)させたり できる」「はたらくことが できる」「災害(さいがい)が あった時(とき) 安全(あんぜん)で いられる」「住(す)んでいる 場所(ばしょ)を いっしょに よくすることが できる」などが 必要(ひつよう)です。 こんな ことを、 だれでも 安心(あんしん)して みんな いっしょに やれる 社会(しゃかい)を つくることが とても たいせつです

ここで、 ロードマップが 書いている 「みっつ(=3)の つくりたい 社会(しゃかい)」と 「よっつ(=4)の とても たいせつなこと」を 紹介(しょうかい)します。

みっつ(=3)の つくりたい 社会(しゃかい)

「日本(にほん)は 外国人(がいこくじん)と 共生(きょうせい)するために どんな 社会(しゃかい)を つくるか」を みっつ(=3) 書(か)いています。

  1. 「安全(あんぜん)・安心(あんしん)な 社会(しゃかい)」

これから 日本(にほん)の 社会(しゃかい)を 日本人(にほんじん)も 外国人(がいこくじん)も いっしょに つくっていきます。 だから 全部(ぜんぶ)の 人(ひと)が 安全(あんぜん)に 安心(あんしん)して 生活(せいかつ)できる 社会(しゃかい)を つくります。

  1. 「みんなが ひとりひとり ちがっていることを たいせつに されて げんきな きもちで 生活(せいかつ)できる 社会(しゃかい)」

いろいろな 日本人(にほんじん)も、 国(くに)や 文化(ぶんか)の ちがう 外国人(がいこくじん)も、 だれでもが 社会(しゃかい)や まわりの 人(ひと)と 関係(かんけい)を もって、 自分(じぶん)の 力(ちから)を いっぱい 出(だ)せる 社会(しゃかい)を つくります。

  1. 「ひとりひとりの 体(からだ)や 心(こころ)が たいせつに され、 だれでも  生(い)きていることが 必要(ひつよう)だと 思(おも)われる 社会(しゃかい)」

外国人(がいこくじん)も 日本人(にほんじん)も ひとりひとりが たいせつに され、 差別・偏見〔(さべつ・へんけん)=生(う)まれた ところ、 体(からだ)や 病気(びょうき)、 文化(ぶんか)、 たいせつに している 神様(かみさま)などの 理由(りゆう)で、 その人(ひと)を わるく かんがえること〕を うけないで 生活(せいかつ)できる 社会(しゃかい)を つくります。

これは、 だれでも 日本(にほん)に 住(す)む 全部(ぜんぶ)の 人(ひと)が、 生活(せいかつ)しやすい 社会(しゃかい)を つくるための かんがえ方(かた)です。 どこで 生(う)まれたか、 どの国(くに)から 来(き)たかは 関係(かんけい)ありません。

「みっつの つくりたい 社会(しゃかい)」は ここを 見て 書いています:外国人(がいこくじん)との共生社会(きょうせいしゃかい)の実現(じつげん)に向(む)けたロードマップ | 出入国在留管理庁(しゅつにゅうこくかんりちょう)

よっつ(=4)の とても たいせつな こと

ロードマップは、 みっつ(=3)の つくりたい 社会(しゃかい)を 本当(ほんとう)に つくるために 必要(ひつよう)な たいせつなことを よっつ(=4) きめています。

  1. 1. 人(ひと)と うまく 話(はな)したり 人(ひと)の 話(はなし)を 正(ただ)しく 聞(き)いたりして、 社会(しゃかい)で いろいろな ことを するために、 日本語(にほんご)の 勉強(べんきょう)を できるようにします。
  2. 外国人(がいこくじん)に 必要(ひつよう)な たいせつな ことを しらせたり、 外国人(がいこくじん)が しりたいこと こまっていることを 相談(そうだん)できるように したりします。
  3. 3. あかちゃん、 子(こ)ども、 若(わか)い人(ひと)、 勉強(べんきょう)する人(ひと)、 はたらく人(ひと)、 けっこんする人(ひと)、 子(こ)どもの 世話(せわ)を する人(ひと)、 おじいさん・おばあさんなど、 ひとりひとりに 必要(ひつよう)な ことを てつだったり、 その人(ひと)に 力(ちから)を かしたりします。
  4. 共生(きょうせい)できる 社会(しゃかい)を つくるために、 はじめに 必要(ひつよう)な ことや たいせつな ものを、 日本(にほん)の どこにも つくります。

これは、 外国人(がいこくじん)が 安心(あんしん)して 生活(せいかつ)するために たいせつです。 でも それだけでは ありません。 日本人(にほんじん)も 外国人(がいこくじん)も だれでも こまったときに 力(ちから)を かしてもらい、 だれでも 社会(しゃかい)や まわりの 人(ひと)と よい 関係(かんけい)を つくって 生活(せいかつ)するために 必要(ひつよう)なことです。

「よっつの とても たいせつなこと」は ここを 見て 書いています:外国人(がいこくじん)との共生社会(きょうせいしゃかい)の実現(じつげん)に向(む)けたロードマップ | 出入国在留管理庁(しゅつにゅうこくかんりちょう)

外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちと 共生(きょうせい)する やり方(かた)は 住(す)んでいる 場所(ばしょ)で 進(すす)んでいる

外国(がいこく)から 来(き)た 人(ひと)たちと 共生(きょうせい)する やり方(かた)は、 国(くに)などが 進(すす)めています。 でも、 自分(じぶん)が 住(す)んでいる 場所(ばしょ)でも、 いろいろな ことが すこしずつ 進(すす)んでいます。 「日本語(にほんご)を 勉強(べんきょう)できる 場所(ばしょ)を つくる」「そこに 住(す)んでいる 人(ひと)たちが いっしょに たのしむ会(かい)を する」「生活(せいかつ)に 必要(ひつよう)な ことを いろいろな 国(くに)の ことばで しらせる やり方(かた)を つくる」「こまった時(とき)に 相談(そうだん)できる 場所(ばしょ)を つくる」など たくさん あります。

共生(きょうせい)を 進(すす)めるために 自分(じぶん)が 住(す)んでいる 場所(ばしょ)で していることを 紹介(しょうかい)します。

日本語教室(にほんご きょうしつ)を ひらく

自分(じぶん)が 住(す)んでいる ところで 日本語教室(にほんご きょうしつ)を ひらいています。 ここは、 外国(がいこく)から 来(き)た 人(ひと)たちが 日本(にほん)で 安心(あんしん)して 生活(せいかつ)するための たいせつな 場所(ばしょ)です。 勉強(べんきょう)を てつだう 日本人(にほんじん)と いっしょに 日本語(にほんご)を 勉強(べんきょう)します。 日本語(にほんご)が わかると、 かいもの、 病院(びょういん)、 役所(やくしょ)、 学校(がっこう)などで、 自分(じぶん)の できることが ふえます。 また、 日本語教室(にほんご きょうしつ)は 日本語(にほんご)を 勉強(べんきょう)するだけでは ありません。 ちかくに 住(す)んでいる人(ひと)と あって、 生活(せいかつ)で こまることを 相談(そうだん)したり、 住(す)んでいるところの いろいろな きまりを しったり できます。

外国人(がいこくじん)が 日本人(にほんじん)から 日本語(にほんご)を 教(おし)えてもらう だけではありません。 日本人(にほんじん)も ちがう 国(くに)の 文化(ぶんか)や かんがえ方(かた)を しることが できます。 それは とても おもしろいことです。

自分(じぶん)が 住(す)んでいる ところの 日本語教室(にほんご きょうしつ)について、 次(つぎ)の ところで 紹介(しょうかい)しています。

日本語教室(にほんごきょうしつ)はどんな場所(ばしょ)ですか?

いろいろな 国(くに)の 人(ひと)たちと いっしょに たのしむ会(かい)を する

いろいろな 国(くに)の 人(ひと)たちと いっしょに たのしむ会(かい)は、 外国(がいこく)から 来(き)た 人(ひと)たちと ちかくに 住(す)んでいる 日本人(にほんじん)が あう 場所(ばしょ)に なります。 そして その人(ひと)が どんな 人(ひと)か しることが できます。 料理(りょうり)、 音楽(おんがく)、 おどり、 むかしから その 国(くに)で つづけていること、 スポーツや いっしょに やる あそびなどを みんなで すると、 ちがう 国(くに)の 文化(ぶんか)を しることが できます。 「しらないから 心配(しんぱい)です」という きもちが 小(ちい)さく なります。 そして いっしょに いて うれしい きもちが 大(おお)きく なります。

たのしむ会(かい)で かおを おぼえたら、 毎日(まいにち)の ふつうの 生活(せいかつ)で あいさつをしたり、 話(はな)したりできます。 「共生(きょうせい)は むずかしい」と かんがえなくて だいじょうぶです。 はじめは いっしょに たのしみましょう。 そして、 「この人(ひと)の 国(くに)の 文化(ぶんか)を もっと しりたいです。」という きもちを もつと いいです。 それが いっしょに 住(す)んでいる ところで よい 関係(かんけい)を つくる はじまりに なります。

災害(さいがい)の 時(とき)や 病気(びょうき)・けがの 時(とき)に 自分(じぶん)の 国(くに)の ことばが つかえる

大(おお)きな 地震(じしん)や 台風(たいふう)などの 災害(さいがい)が 起(お)きた時(とき)や 病気(びょうき)・けがを した時(とき)は、 必要(ひつよう)なことを 正(ただ)しく しることが とても たいせつです。 安全(あんぜん)に 安心(あんしん)して いることが できるからです。 しかし、 日本語(にほんご)が あまり わからないと、 「どうしたら いいか」「いま 何(なに)が いちばん 必要(ひつよう)か」が わからないことが あります。

そのため、 「あぶない 場所(ばしょ)を しらせる 地図(ちず)」や、 「災害(さいがい)の 時(とき)に いつ だれが どこへ にげるか」「いつ どこで 医者(いしゃ)に みてもらえるか」「うつる 病気(びょうき)が ふえた時(とき)に どうするか」などが わかるように、 自分の 国の ことばで しらせたり、 「やさしい 日本語(にほんご)」で しらせたりする やり方(かた)を つくらなければ なりません。 必要(ひつよう)な ことを だれでも わかるように しらせることは、 外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちの 役(やく)に 立(た)ちます。 そして、 子(こ)どもや おじいさん・おばあさんたちの 役(やく)に 立(た)ちます。

外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちが 相談(そうだん)できる ところを つくる

外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちが 日本(にほん)で 生活(せいかつ)すると、 わからないことや こまることが たくさん あります。 日本(にほん)に 住(す)むために 入管〔にゅうかん=日本(にほん)に 住(す)む 外国人(がいこくじん)の ことを 担当(たんとう)する 役所(やくしょ)〕で やること、 仕事(しごと)、子(こ)どもの 世話(せわ)、 勉強(べんきょう)すること、 医者(いしゃ)に みてもらうこと、 住(す)む 場所(ばしょ)のこと、 近(ちか)くに 住(す)む人(ひと)たちとの 関係(かんけい)など いろいろ あります。 その時(とき)に、 相談(そうだん)できる ところが あると、 安心(あんしん)です。 「どうしたらいいか わからない」と ひとりで こまることが へります。

相談(そうだん)できる ところは、 外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)が こまっていることを 聞(き)きます。 すると、 その場所(ばしょ)で 「どんな こまったことが あるのか」が わかります。 そして 「どうしたら その こまったことが なくなるか」を いっしょに かんがえることが できます。 よい やり方(かた)が 進(すす)んで、 こまったことが なくなると、 その場所(ばしょ)が 外国人(がいこくじん)にも 日本人(にほんじん)にも もっと 住(す)みやすく なります。 こまった時(とき)に 相談(そうだん)できる ところがあると、 だれでも 安心(あんしん)して その場所(ばしょ)で 生活(せいかつ)することが できます。

多文化共生(たぶんか きょうせい)を 進(すす)める やり方(かた)は、 次(つぎ)の ところで 紹介(しょうかい)しています。

多文化共生(たぶんかきょうせい) 10の 取(と)りくみを 紹介(しょうかい)

外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちと 共生(きょうせい)するために わたしたちが できること

外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちと 共生(きょうせい)することは、 ふつうに はじめることが できます。 特別(とくべつ)な 勉強(べんきょう)は いりません。 大(おお)きな ことを しなくて いいです。 「外国人(がいこくじん)」は みんな おなじでは ありません。 ひとりひとりが ちがいます。 「おなじ 場所(ばしょ)で 生活(せいかつ)する ひとりの 人(ひと)と よい 関係(かんけい)を つくりたい」という きもちが たいせつです。

ここでは、 多文化共生(たぶんか きょうせい)を 進(すす)めるために わたしたちが できることを 紹介(しょうかい)します

はじめに ちがう 国(くに)の ちがう 文化(ぶんか)を しりましょう

国(くに)が ちがうと、 文化や(ぶんか) たいせつに することが ちがいます。 それを 「しりたい」と 思(おも)う きもちが いちばん はじめに 必要(ひつよう)です。

国(くに)や 住(す)んでいる 場所(ばしょ)が ちがうと、 食(た)べる時(とき)の やり方、 たいせつに する 神様(かみさま)、 あいさつの やり方(かた)、 かぞくの 関係(かんけい) などは、 ちがいます。

自分(じぶん)は 「それが ふつうです。」と 思(おも)うことは、 ほかの 国(くに)の 人の(ひと)の 「ふつう」では ありません。 だから 「ちがうから へんだ」と 思(おも)わないで ください。 「自分(じぶん)の 『ふつう』と ほかの 人(ひと)の 『ふつう』は ちがう」と 思(おも)うことが たいせつです。 ちがうことが わかると、 その人の ことが よく わかります。 そして、 自分(じぶん)の 「ふつう」に ついても よく わかります。 「なぜ わたしたちは いつも この やり方(かた)を しますか?」「なぜ わたしたちは これが たいせつですか?」と 自分(じぶん)の 生活(せいかつ)や やり方(かた)を よく かんがえることも できます。

「こまっていることは ありませんか?」と 聞(き)きましょう

外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちは、 毎日(まいにち)の 生活(せいかつ)で こまった時(とき)に、 どうしたらよいか わからないことが あります。 ことばや やり方(かた)が ちがうからです。 だれに 相談(そうだん)するか わからないからです。

もし ちかくに こまっている 外国人(がいこくじん)が いたら、 「何(なに)か てつだうことは ありますか?」と 聞(き)きましょう。 その人(ひと)は 安心(あんしん)するかもしれません。 その人(ひと)の きもちも たいせつに してください。 その人(ひと)が 「教(おし)えてください。」「てつだって ください。」と 言(い)ったら、 話(はなし)を 聞(き)いて いっしょに かんがえましょう。 その人(ひと)が 必要(ひつよう)な 時(とき)に てつだう 関係(かんけい)が たいせつです。

ちかくで やっている 国際交流(こくさい こうりゅう)を いっしょに たのしみましょう

住(す)んでいるところで やっている 国際交流〔こくさい こうりゅう=いろいろな 国(くに)の 人(ひと)たちと よい 関係(かんけい)を つくること〕の 会(かい)や、 日本語教室(にほんご きょうしつ)、 ボランティア〔=自分(じぶん)から 進(すす)んで たいせつに 思(おも)うことを てつだうこと〕を いっしょに やることも 共生(きょうせい)の はじまりです。 「料理(りょうり)を つくって 食(た)べる」「文化(ぶんか)の 紹介(しょうかい)」、「いっしょに 何(なに)かを たのしむ 会(かい)」などは、 外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちと あって、 いっしょに 何(なに)かを しながら、 たのしく しりあうことが できます。 また、日本語教室(にほんご きょうしつ)で 勉強(べんきょう)を てつだったり、 生活(せいかつ)に 必要(ひつよう)なことを 伝(つた)えたりすることは、 かれらが そこで 安心(あんしん)して 生活(せいかつ)するために たいせつです。

はじめは 見(み)に行(い)くだけで だいじょうぶです。 かれらの かおを しって、話(はな)すことが ふえると、 ふつうの 生活(せいかつ)の 中(なか)に よい 関係(かんけい)が 生(う)まれます。 共生(きょうせい)は そこから はじまります。

外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちと 共生(きょうせい)することは むずかしくありません

外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちと 共生(きょうせい)するのに、 特別(とくべつ)な 勉強(べんきょう)や れんしゅうは いりません。 大(おお)きな ことを しなくて よいです。 共生(きょうせい)は 毎日(まいにち)の ふつうの 生活(せいかつ)の 中(なか)で、小(ちい)さなことから はじめられます。

外国(がいこく)では 文化(ぶんか)や 習慣(しゅうかん)が ちがうことが たくさんあります。 でも、「日本(にほん)で そんなことは しない。 ちがうのは へんだ。」と 思(おも)わないで ください。 「かれらは なぜ そうするのだろう? しりたい」と 思(おも)うと、 かれらの ことが よく わかるように なります。 「おなじ ところで 生活(せいかつ)している 人(ひと)たちの ことを わかりたい」と 思(おも)うことが たいせつです。 正(ただ)しく やろうと がんばらなくて いいです。 ひとりひとりが 小(ちい)さな ことを やって、 よい 関係(かんけい)を すこしずつ つくっていきましょう。 その場所(ばしょ)が、 だれでも 安心(あんしん)して 生活(せいかつ)できる よい ところに なっていきます。

京丹波町(きょうたんばちょう)では 多文化共生(たぶんか きょうせい)を 進(すす)めています

京丹波町(きょうたんばちょう)では、 外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちと、 町(ちょう)に 住(す)む 日本人(にほんじん)が、 よい 関係(かんけい)を つくって、 安心(あんしん)して 生活(せいかつ)できる 場所(ばしょ)にすることを 進(すす)めています。 その ひとつは、 京丹波町国際交流協会(きょうたんばちょう こくさいこうりゅう きょうかい)が やっている 多文化共生(たぶんか きょうせい)です。

協会(きょうかい)は、 日本語教室(にほんご きょうしつ)を ひらいています。 いろいろな 国(くに)の 人(ひと)たちと よい 関係(かんけい)を つくることも しています。 外国(がいこく)から 来(き)て 京丹波町(きょうたんばちょう)で 生活(せいかつ)している 人(ひと)たちに、 必要(ひつよう)なことを 伝(つた)えています。 そして、 町(ちょう)に 住(す)んでいる 日本人(にほんじん)が よい 関係(かんけい)を つくるために 力(ちから)を かしています。 日本語教室(にほんご きょうしつ)は、外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちが ことばを 勉強(べんきょう)しますが、 生活の(せいかつ)ことを 相談(そうだん)することも できます。 また、 ホームページは、 「やさしい日本語(にほんご)」や、 いろいろな 国(くに)の ことばで 必要(ひつよう)なことを しらせています。

これは、 外国(がいこく)から 来(き)た人(ひと)たちの 役(やく)に 立(た)ちますが、 京丹波町(きょうたんばちょう) 全部(ぜんぶ)で だれでも 安心(あんしん)して 生活(せいかつ)する 役(やく)に 立(た)っています。

何(なに)を しているかは、 協会(きょうかい)の サイトを 見(み)てください。

京丹波町国際交流協会(きょうたんばちょうこくさいこうりゅうきょうかい)_公式(こうしき)サイト

まとめ

生(う)まれた 国(くに)や 文化(ぶんか)、ことばが ちがっても、 おなじ 場所(ばしょ)で 生活(せいかつ)する 人(ひと)たちが、 みんな おなじように たいせつに されること。 そこから 外国(がいこく)から 来た人たちと 共生することが はじまります。

日本(にほん)で 生活(せいかつ)する 外国人(がいこくじん)は ふえています。 これから もっと ふえていくでしょう。 出入国在留管理庁〔しゅつにゅうこく ざいりゅう かんりちょう=入管(にゅうかん)〕の ロードマップは、 「安心(あんしん)・安全(あんぜん)な 社会(しゃかい)」「「みんなが ひとりひとり ちがっていることを たいせつに されて げんきな きもちで 生活(せいかつ)できる 社会(しゃかい)」「ひとりひとりの 体(からだ)や 心(こころ)が たいせつに され、 だれでも  生(い)きていることが 必要(ひつよう)だと 思(おも)われる 社会(しゃかい)」を つくらなければならない、と 言(い)っています。 共生(きょうせい)は むずかしくありません。

「あいさつをする」、「わかりやすい ことばで 伝(つた)える」、「『こまっていることは ありませんか?』と 聞(き)く」「住(す)んでいる ところの 国際交流(こくさいこうりゅう)の 会(かい)に 行(い)く」など、 毎日(まいにち)の 生活(せいかつ)の 中(なか)の 小(ちい)さい ことが たいせつです。 「ちがっていて いいです」「ちがうことを しりたいです」と ひとりひとりが 思(おも)うことが、 だれでも 安心(あんしん)して 生活(せいかつ)できる 場所(ばしょ)を つくります。

関連記事

その他(た)の SNSは こちらから

  • Facebook

    facebook
  • X

    X
  • LINE

    LINE
  • Youtube

    Youtube
Follw me