close

多文化共生(たぶんかきょうせい)は なぜ 必要(ひつよう)ですか?

多文化共生(たぶんかきょうせい=生(う)まれて 育(そだ)った 国(くに)の ちがう 人(ひと)たちが みんな 同(おな)じように 大切(たいせつ)にされて 同(おな)じ 場所(ばしょ)で 生活(せいかつ)したり 働(はたら)いたり できること)は なぜ 必要(ひつよう)ですか? 日本(にほん)では 子(こ)どもの 数(かず)が 減(へ)っています。 でも おじいさんや おばあさんは とても たくさん います。そして 外国(がいこく)から 働(はたら)きに 来(く)る人(ひと)が ふえています。
ここでは 多文化共生(たぶんかきょうせい)の よいところを 知(し)らせます。京都府(きょうとふ)で どんな 多文化共生(たぶんかきょうせい)を していますか? 京丹波町(きょうたんばちょう)で どんな ことが できますか? 紹介(しょうかい)します。

「多文化共生(たぶんかきょうせい)は なぜ 必要(ひつよう)ですか?」 その答(こた)えは むずかしいです。 外国人(がいこくじん)の 近(ちか)くに 住(す)んだり いっしょに 働(はたら)いたり すると 少(すこ)し わかるかもしれません。
日本(にほん)では 子どもの 数(かず)が 減(へ)っています。 若(わか)い 人(ひと)も 少(すく)ないです。でも おじいさんや おばあさんは とても たくさん います。 
だから 働(はたら)く人(ひと)が 足(た)りません。外国(がいこく)から たくさんの 人(ひと)が やって来(き)て 働(はたら)きます。 京都府(きょうとふ)にも たくさんの 外国人(がいこくじん)が 住(す)んで 働(はたら)いています。
ここでは、「多文化共生(たぶんかきょうせい)は なぜ 必要(ひつよう)ですか?」という 質問(しつもん)に 答(こた)えます。そして 多文化共生(たぶんかきょうせい)の よいところや むずかしいところを 説明(せつめい)します。

目次

多文化共生(たぶんかきょうせい)とは どんなことですか?

どこで 生(う)まれたか。 どんな 文化(ぶんか)や 習慣(しゅうかん)を もっているか。 どんな 言葉(ことば)を 使(つか)うか。 どんな 神様(かみさま)を 信(しん)じているか。 どんな ことが 大切(たいせつ)か。人(ひと)は みんな ちがいます。 「自分(じぶん)と ちがう ほかの 人(ひと)たちの ことも 大切(たいせつ)に しながら 一緒(いっしょ)に 生活(せいかつ)して いきましょう。」 これが 多文化共生(たぶんかきょうせい)の 考(かんが)えです。

「ここは 日本(にほん)です。 だから 外国(がいこく)から 来(き)た 人(ひと)は 日本人(にほんじん)と 同(おな)じ やり方(かた)を しなさい。 日本(にほん)の やり方(かた) だけが 正(ただ)いです。 外国(がいこく)の やり方(かた)は だめです。」 というのは 共生(きょうせい)では ありません。 どの国(くに)の 人(ひと)も 自分(じぶん)の 国(くに)の 文化(ぶんか)や やり方(かた)が 大切(たいせつ)です。 そして 安心(あんしん)して 生活(せいかつ) したいです。 「日本(にほん)の やり方(かた)と ちがうのは だめです。」 と 言(い)わないで 「やり方(かた)の ちがう 外国人(がいこくじん)と どうしたら いっしょに うまく 生活(せいかつ) できますか?」と 考(かんが)えます。 それが 多文化共生(たぶんかきょうせい)です。 ちがうから 知(し)る、ちがうから 聞(き)く、ちがうから 教(おし)える、ちがうから 教(おし)えてもらう。 これが  多文化共生(たぶんかきょうせい)の やり方(かた)です。

相手(あいて)の 国(くに)や 文化(ぶんか)の ちがいを 大切(たいせつ)にする 考(かんが)え方(かた)

多文化共生(たぶんかきょうせい)は みんな 同(おな)じに なることでは ありません。ちがうことを なくさなくて よいです。
 「どんな 料理(りょうり)を 食(た)べますか? どんな 食(た)べ方(かた)を しますか?」
 「どんな 神様(かみさま)を 信(しん)じていますか? どんな やり方(かた)で 祈(いの)りますか?」
 「どんな 言葉(ことば)を 使(つか)いますか? どんな 文字(もじ)を 書(か)きますか?」
 「あなたの 国(くに)では どんなことを 大切(たいせつ)に しますか?」
ちがうことは たくさん あります。ちがいは あって よいです。 相手(あいて)の 国(くに)の ことを 知(し)りましょう。 相手(あいて)と 話(はな)して 仲良(なかよ)く なりましょう。 相手(あいて)が わからなくて 困(こま)っていたら 知(し)らせましょう。 やり方(かた)を 教(おし)えましょう。

京丹波町(きょうたんばちょう)の 役場(やくば)の 受付(うけつけ)に あなたの 国(くに)の 言葉(ことば)を 日本語(にほんご)に かえる 器械(きかい)が あります。 京丹波町(きょうたんばちょう)には 日本語(にほんご)を 勉強(べんきょう)できる 場所(ばしょ)(日本語教室(にほんごきょうしつ))が あります。
これらも 多文化共生(たぶんかきょうせい)の 考(かんが)えから できた ものです。

「やり方が ちがいます。だから あなたは だめです。」 「ここは 日本(にほん)だから 日本(にほん)の やり方(かた)を します。 外国(がいこく)の やり方(かた)は だめです。」 そう 言(い)われたら あなたは どう 思(おも)いますか? 楽(たの)しく 生活(せいかつ)できますか? 「ちがうことを はじめて 知(し)りました。」 「いろいろ ちがって おもしろいですね。」 「あなたの やり方(かた)も 教(おし)えて ください。」 そう 言(い)って 京丹波町(きょうたんばちょう)で いっしょに 生活(せいかつ)できたら どうですか?  みんな 安心(あんしん)して 楽(たの)しく 生活(せいかつ)できると 思(おも)いませんか?

日本(にほん)で 「多文化共生(たぶんかきょうせい)」と 言(い)われる ようになったのは なぜ?

日本(にほん)では 外国(がいこく)から 来(き)て 日本(にほん)で 働(はたら)く 人(ひと)たちが とても 増(ふ)えています。 今(いま)も 増(ふ)え続(つづ)けて います。前(まえ)の 年(とし)と 比(くら)べて 10%よりも 多(おお)く 増(ふ)えています。日本(にほん)は 働(はたら)く人(ひと)が 足(た)りませんから 彼(かれ)らは 日本(にほん)を 助(たす)けてくれています。 だから 外国(がいこく)から 日本(にほん)に 来(き)て 働(はたら)く 人(ひと)たちは 日本(にほん)ではとても 大切(たいせつ)です。でも 「日本(にほん)の むずかしい 言葉(ことば)は わかりません。」 「漢字(かんじ)が 読(よ)めないから 日本(にほん)の ルールが わかりません。」 という 外国人(がいこくじん)が たくさん います。 「私(わたし)たちの ことを 日本人(にほんじん)は 知(し)りません。 私(わたし)たちも 日本(にほん)の やり方(かた)が わかりません。」 「日本人(にほんじん)は 私(わたし)たちを だめだと 怒(おこ)ります。 なぜ 私(わたし)たちに 怒(おこ)っているか わかりません。」 日本(にほん)の 生活(せいかつ)で 困(こま)っている 外国人(がいこくじん)が たくさん います。 だから 「よい やり方(かた)を 考(かんが)えましょう。」 ということに なりました。 たくさんの 外国人(がいこくじん)が 日本(にほん)で 日本人(にほんじん)と いっしょに 生活(せいかつ)するために。

参考(さんこう)にしたところ:「外国人雇用状況(がいこくじんこようじょうきょう)」の届出状況(とどけでじょうほう)まとめ(令和(れいわ)6年(ねん)10月末時点(がつまつじてん)) |厚生労働省(こうせいろうどうしょう)

ほかの 場所(ばしょ)では こんな ことを しています

群馬県(ぐんまけん)は 日本(にほん)の 中(なか)でも 特(とく)に 外国人(がいこくじん)が たくさん 生活(せいかつ)しています。 ですから 多文化共生(たぶんかきょうせい)の 決(き)まりを つくりました。 そして 外国人(がいこくじん)が 日本人(にほんじん)と いっしょに 住(す)みやすく しています。
・外国人(がいこくじん)が 日本語(にほんご)を 勉強(べんきょう)できる 場所(ばしょ)]が たくさん あります。
・外国人(がいこくじん)が 困(こま)ったことや わからないことを 相談(そうだん)する 場所(ばしょ)が あります。
・外国人(がいこくじん)と 日本人(にほんじん)が いっしょに 楽(たの)しむ 場所(ばしょ)を つくっています。

神戸市(こうべし)でも 「神戸市(こうべし)に 住(す)む 外国人(がいこくじん)が 日本人(にほんじん)から いやなことを 言(い)われたり されたり しない いっしょに 多文化共生(たぶんかきょうせい)の 社会(しゃかい)で 生活(せいかつ)できる 決(き)まり」を つくっています。

多文化共生(たぶんかきょうせい)は 日本(にほん)の どこか 特別(とくべつ)な 場所(ばしょ)だけで やることでは ありません。 日本(にほん)の 国(くに)の どこでも いつでも みんなが いっしょに やっていく 大切(たいせつ)な ことです。

参考(さんこう)にしたところ:群馬県(ぐんまけん)多文化共生(たぶんかきょうせい)・共創推進条例(きょうそうすいしんじょうれい)
神戸市(こうべし)・外国人(がいこくじん)に対(たい)する不当(ふとう)な差別(さべつ)の解消(かいしょう)と多文化共生社会(たぶんかきょうせいしゃかい)の実現(じつげん)に関(かん)する条例(じょうれい)

なぜ日本(にほん)で 多文化共生(たぶんかきょうせい)が 必要(ひつよう)ですか? くわしく 説明(せつめい)します

今(いま)の 日本(にほん)は これまでと 社会(しゃかい)の ようすが 大(おお)きく 変(か)わってきました。 その中(なか)で とても 困(こま)った 問題(もんだい)は おじいさん おばあさんが たくさん いて 子(こ)どもの 数(かず)が 減(へ)っていること。 そして日本(にほん)に 住(す)む 全部(ぜんぶ)の 人(ひと)の 数(かず)が 少(すこ)しずつ 減(へ)っていること。 人(ひと)の 数(かず)が 減(へ)ると 働(はたら)く 人(ひと)の 数(かず)も 減(へ)ります。 働(はたら)く 人(ひと)が 少(すく)ないと どうなりますか? 

社会(しゃかい)の 仕事(しごと)や お金(かね)が うまく 動(うご)きません。だから 外国(がいこく)から 働(はたら)きに来(く)る 人(ひと)たちが 必要(ひつよう)です。 いっしょに 社会(しゃかい)を 動(うご)かす しくみが 必要(ひつよう)です。

働(はたら)いて 社会(しゃかい)を 動(うご)かす 人(ひと)が 減(へ)っている

日本(にほん)では 働(はたら)いて 社会(しゃかい)を 動(うご)かす 人(ひと)の 数(かず)が とても 減(へ)っています。 子(こ)どもや 若(わか)い人(ひと)が 少(すく)ないです。 だから 日本(にほん)だけで 働(はたら)く 人(ひと)を 増(ふ)やすことが できません。

働(はたら)く 人(ひと)の 数(かず)が 減(へ)ると…

1.おじいさんや おばあさんの 世話(せわ)を したり 病院(びょういん)で 働(はたら)いたり 物(もの)を 運(はこ)んだりする 仕事(しごと)が 止(と)まってしまいます

2.人(ひと)が 少(すく)ない 場所(ばしょ)では 電車(でんしゃ)や バスが 走(はし)りません。 店(みせ)が なくなって 物(もの)が 買(か)えません。 水(みず)を 通(とお)したり 道路(どうろ)を なおしたりする 工事(こうじ)が できません

日本(にほん)の 多(おお)くの 場所(ばしょ)で こんな 困(こま)ったことが あります。京丹波町(きょうたんばちょう)でも あります。 どうしたら 働(はらた)く 人(ひと)が 増(ふ)えるか 早(はや)く 考(かんが)えなければ いけません。

外国(がいこく)から 来(き)た 人(ひと)たちが いっしょに 生活(せいかつ)する 時代(じだい)が きています

外国(がいこく)から 来(き)た 人(ひと)たちが いっしょに 働(はたら)くと 京丹波町(きょうたんばちょう)で 働(はたら)く 人(ひと)は 増(ふ)えます。
そんな 時代(じだい)が これから 始(はじ)まりますか?
いいえ もう 始(はじ)まって います。 そのことを 知(し)ってください。

京丹波町(きょうたんばちょう)では 工場(こうじょう)や 介護施設(かいごしせつ)(おじいさんや おばあさんが 世話(せわ)を 受(う)ける ところ) 農場(のうじょう)(野菜(やさい)や 動物(どうぶつ)を 育(そだ)てる ところ) コンビニなど たくさんの 場所(ばしょ)で 外国(がいこく)から 来(き)た 人(ひと)たちが 働(はたら)いています。 学校(がっこう)や 祭(まつ)りなどに 外国(がいこく)から 来(き)た 人(ひと)たちの 子(こど)どもや 家族(かぞく)が 来(き)ています。 そして 日本人(にほんじん)と いっしょに 勉強(べんきょう)したり 楽(たの)しんだり しています。

多文化共生(たぶんかきょうせい)は これから 「どうしましょうか?」と 考(かんんが)えることでは ありません。 京丹波町(きょうたんばちょう)で 今(いま)すぐに やらなければならない 大切(たいせつ)な ことです。 社会(しゃかい)の 仕事(しごと)や お金(かね)を うまく 動(うご)かすためです。

多文化共生(たぶんかきょうせい)は 困(こま)った 問題(もんだい)を 減(へ)らします

言葉や 文化が ちがうと どんな 問題が 起こりますか?
外国から 来た 人たちが 困ることは たくさん あります。
日本語の 説明が むずかしくて よく わかりません。わからないことを うまく きけません。
外国から 来た 人たちは わからないから まちがいます。知らないから できません。
なぜ 自分は このようにするのか 日本人に 説明が できません。どうなりますか?
日本人は「外国人は 変だ」「外国人と いっしょに 生活するのは いやだ」と思います。
「ここに 外国人が 住んでいると 心配だ」と 思う 人も います。
日本人も 外国人も みんなが 困ったり 心配したり します。相手の ことを 悪く 思います。

「それは だめです!」「それは 悪いことです!」と 怒りますか?
「みんな なかよくしなさい!と 大きな 声で 言ったら 問題は なくなりますか?
言葉が わからないと 相手の 考えや 気持ちが わかりません。

相手(あいて)の 国(くに)の 言葉(ことば)や 「やさしい日本語(にほんご)」を 使(つか)うと 相手(あいて)の 考(かんが)えや 気持(きも)ちが わかります。
相手(あいて)の 国(くに)の 文化(ぶんか)や やり方(かた)が わかったら なぜ そうするのかが わかります。
日本(にほん)の やり方(かた)や 京丹波町(きょうたんばちょう)の やり方(かた)を 知(し)らせたら 外国(がいこく)の 人(ひと)たちに わかります。
わからなかった ことが 少(すこ)しずつ わかるように なります。
困(こま)った問題(もんだい)が 少(すこ)しずつ 減(へ)っていきます。
困(こま)った問題(もんだい)が 増(ふ)えないように みんなで いっしょに 考(かんが)えます。
そうすれば 京丹波町(きょうたんばちょう)で みんな 安心(あんしん)して 生活(せいかつ)できます。 これが 多文化共生(たぶんかきょうせい)の やり方(かた)です。

災害(さいがい)・病気(びょうき)や けが・子育(こそだ)てにも 多文化共生(たぶんかきょうせい)」は 大切(たいせつ)です

大(「おお)きな 地震(じしん)や 台風(たいふう)などの 災害(さいがい)が やって来(き)たとき、 コロナなど 人(ひと)に うつる 病気(びょうき)が たくさんの 人(ひと)に 出(で)たとき、 多文化共生(たぶんかきょうせい)の やり方(かた)は とても 大切(たいせつ)です。
「今(いま) 何(なに)が 起(お)こっていますか?」
「逃(に)げますか? どこに 逃(に)げますか?」
「どこで 水(みず)や 食(た)べ物(もの)が もらえますか?」
「どうしたら 安全(あんぜん)ですか?」

本当(ほんとう)のことが みんなに わからないと とても 困(こま)ります。 命(いのち)が なくなるかも しれないからです。

災害(さいがい)で 使(つか)う 日本語(にほんご)は むずかしいです。 どこに お医者(いしゃ)さんが いるか などの お知(し)らせも むずかしい 日本語(にほんご)です。 漢字(かんじ)を たくさん 使(つか)います。 だから 外国(がいこく)の 人(ひと)たちには わかりません。 子(こ)どもを 育(そだ)てている お母(かあ)さんや お父(とお)さんに 知(し)らせる こと(どうしたら 保育園(ほいくえん)に 入(はい)れるか いつ どんな 注射(ちゅうしゃ)を するか など)も 同(おな)じです。 たくさんの 漢字(かんじ)を 使(つか)った 日本語(にほんご)は むずかしいです。 日本(にほん)に 来て(き) 子育(こそだ)てを している お母(かあ)さんや お父(とお)さんは 心配(しんぱい)が たくさん あります。 わからないことも たくさん あります。 だから お知(し)らせが わからなかったら 困(こま)ります。 聞(き)く 人(ひと)が いなくて 不安(ふあん)です。

多文化共生(たぶんかきょうせい)の やり方(かた)は 毎日(まいにち)の 生活(せちかつ)でも 大切(たいせつ)です。 だから 外国(がいこく)から 京丹波町(きょうたんばちょう)に 来(き)た 人(ひと)たちと 知(し)り合(あ)いましょう。 いつも あいさつしたり 話(はな)したり しましょう。 大(おお)きな 災害(さいがい)の ときや うつる 病気(びょうき)が ふえた ときなどに 外国(がいこく)から 来(き)た 人(ひと)たちも 日本人(にほんじん)も みんな 安心(あんしん)できることが 増(ふ)えます。

京丹波町(きょうたんばちょう)でも グローバル化(か)を 進(すす)めましょう

グローバル化(か)と いうのは 国(くに)と 国(くに)との つながりが 強(つよ)くなって 世界(せかい)の 国(くに)が もっと 近(ちか)くなることです。 外国(がいこく)から 働(はたら)く人 (ひと)に 来(き)てもらいます。 そして 多文化共生(たぶんかきょうせい)の やり方(かた)で 外国(がいこく)から 来(き)た 人(ひと)と いっしょに 生活(せいかつ)したり 働(はたら)いたりします。 すると グローバル化(か)が 進(すす)みます。

今(いま) 日本(にほん)の 社会(しゃかい)の 様子(ようす)は とても 大(おお)きく 変(か)わっています。 日本(にほん)は 外国(がいこく)から たくさんの 物(もの)を 買(か)います。 日本(にほん)の 物(もの)を たくさん 外国(がいこく)に 売(う)ります。とても たくさんの 外国人(がいこくじん)が 日本(にほん)に 旅行(りょこう)に 来(き)ます。 そして たくさんの 日本(にほん)の ものを 買(か)います。 それから たくさんの 外国人(がいこくじん)が 働(はたら)きに 来(き)ます。 日本(にほん)は 働(はたら)く 人(ひと)が 少(すく)ないからです。

いつも 外国(がいこく)の 人(ひと)の 近(ちか)くで 生活(せいかつ)していると どんな 良(よ)いことが ありますか?
社会(しゃかい)の 様子(ようす)が 大(おお)きく 変(か)わっても 私(わたし)たちは うまく やれるでしょう。 グローバル化(か)が 進(すす)んでも 心配(しんぱい)は いらないでしょう。

グローバル化(か)が 進(すす)んだ 京丹波町(きょうたんばちょう)に これからも 安心(あんしん)して 住(す)めるでしょう。 多文化共生(たぶんかきょうせい)は 困(こま)っている 外国人(がいこくじん)を 助(たす)けるだけでは ありません。 社会(しゃかい)の 様子(ようす)が 大(おお)きく 変(か)わっても 京丹波町(きょうたんばちょう)が これから ずっと うまく やっていくために とても 大切(たいせつ)な ことです。

多文化共生(たぶんかきょうせい)が 進(すす)むと 京丹波町(きょうたんばちょう)にも 良(よ)いことが あります

多文化共生(たぶんかきょうせい)は 京丹波町(きょうたんばちょう)で 生活(せいかつ)している 外国人(がいこくじん)に 大切(たいせつ)です。でも 外国人(がいこくじん)だけ では ありません。 京丹波町(きょうたんばちょう)で 生活(せいかつ)する 全部(ぜんぶ)の 人(ひと)に 良(よ)いことが あります。 どんな ことですか?

・みんなが 安心(あんしん)して 生活(せいかつ)できます。
・日本人(にほんじん)にも 良(よ)い 町(まち)に なります。
・新(あたら)しい 文化(ぶんか)や 考(かんが)えが 入(はい)って 来(き)ます。

みんなが 安心(あんしん)して 生活(せいかつ)できます

多文化共生(たぶんかきょうせい)が 進(すす)むと 外国人(がいこくじん)の ことが よく わかります。 「知(し)らないから 心配(しんぱい)」な 気持(きも)ちは 「知(し)っているから 安心(あんしん)」な 気持(きも)ちに なります。 「話(はな)さないから こわい人(ひと)」は  「話(はな)すことの できる 友(とも)だち」に かわります。 「わからないから やらない」ことは  「わからないことを 聞(き)いて やる」ことが できます。 心配(しんぱい)な こわい気持(きも)ちが 減(へ)って 安心(あんしん)な 気持(きも)ちが ふえます。 日本人(にほんじん)は 外国人(がいこくじん)の ことが わかり、 外国人(がいこくじん)は 日本人(にほんじん)の ことが わかります。 大(おお)きな 災害(さいがい)が やって来(き)たとき、 子(こ)どもを 育(そだ)てているとき、 病気(びょうき)や けがのとき、 相手(あいて)のことが わかっていたら 安心(あんしん)です。 相手(あいて)を 助(たす)ける ことが できます。 相手(あいて)に 助(たす)けてもらう ことも できます。 手伝(てつだ)う ことが できます。 手伝(てつだ)ってもらう ことも できます。 だから 多文化共生(たぶんかきょうせい)が 進(すす) むと みんなが 安心(あんしん)して いっしょに 生活(せいかつ)できる 京丹波町(きょうたんばちょう)に なっていきます。

日本人(にほんじん)にも 良(よ)い 町(まち)に なります

多文化共生(たぶんかきょうせい)は 外国人(がいこくじん)の ためだけに 進(すす)めるのでは ありません。 

「やさしい日本語(にほんご)」を 使(つか)って わかることばで 知(し)らせる、 困(こま)ったことや わからないことを 相談(そうだん)する 場所(ばしょ)を つくるのは おじいさんや おばあさん 子(こ)ども 体(からだ)や 心(こころ)に 困(こま)りごとが ある人(ひと)にも 良(よ)い ことです。 

外国(がいこく)から 来(き)た 人(ひと) おじいさんや おばあさん 子(こ)どもや 子(こ)どもを 育(そだ)てている 人(ひと) 体(からだ)や 心(こころ)に 困(こ)りごとが ある人(ひと)などを 大切(たいせつ)に する 多文化共生(たぶんかきょうせい)の やり方(かた)は 京丹波町(きょうたんばちょう)に 住(す)んでいる 全部(ぜんぶ)の 人(ひと)に 良(よ)い やり方(かた)です。

多文化共生(たぶんかきょうせい)が 進(す)むと みんなが 住(す)みやすい 京丹波町(きょうたんばちょう)に なります。

新(あたら)しい 文化(ぶんか)や 考(かんが)えが 入(はい)ってきます

多文化共生(たぶんかきょうせい)が 進(すす)むと 外国(がいこく)から 来(き)た 人(ひと)の 生活(せいかつ)や 文化(ぶんか)が わかります。 日本(にほん)とは ちがう やり方(かた)や 考(かんが)え方(かた)を 知(し)ることが できます。 私(わたし)たちも 今(いま)までと ちがう 新(あたら)しい 考(かんが)え方(かた)が できるかも しれません。 困(こま)った 問題(もんだい)を 良(よ)いことに 変(か)えられるかも しれません。

みんなで 集(あつ)まる 場所(ばしょ)を つくって、 外国(がいこく)の 食(た)べ物(もの)や 音楽(おんがく)を いっしょに 楽(たの)しんだら どうでしょうか? みんなの 気持(きも)ちが 元気(げんき)に なるかも しれません。 楽(たの)しくなって もっと たくさんの 人(ひと)を 集(あつ)めたいと 思(おも)うかも しれません。

外国(がいこく)の 人(ひと)に 日本(にほん)や 京丹波町(きょうたんばちょう)の 食(た)べ物(もの)や 音楽(おんがく)を 教(おし)えたく なるかも しれません。 日本(にほん)や 京丹波町(きょうたんばちょう)の 良(よ)い ところが 見(み)つかるかも しれません。

外国(がいこく)から 来(き)た 人(ひと)たちと いっしょに 働(はたら)くと どうでしょうか? 外国人(がいこくじん)に やりやすい 働(はたら)き方(かた)は、 日本人(にほんじん)にも やりやすいでしょう。

今(いま)までより もっと 便利(べんり)な やり方(かた)が 見(み)つかるかも しれません。

多文化共生(たぶんかきょうせい)は 新(あたら)しい 文化(ぶんか)や 考(かんが)えで 京丹波町(きょうたんばちょう)が 良(よ)くなる やり方(かた)です。 京丹波町(きょうたんばちょう)が これから もっと 生活(せいかつ)しやすい 良(よ)い 町(まち)に なっていく ために とても 大切(たいせつ)です。

多文化共生(たぶんかきょうせい)で 困(こま)ること

多文化共生(たぶんかきょうせい)を 進(すす)めるのに 困(こま)ることは なんでしょうか?

一番(いちばん) 困(こま)るのは 外国(がいこく)から 来(き)た 人(ひと)と 私(わたし)たちの 使(つか)う ことばが ちがうこと。 そして 文化(ぶんか)が ちがうことです。
ことばが わからないので うまく 話(はな)すことが できません。 言(い)いたいことが 言(い)えません。 文化(ぶんか)が わからないので なぜ そうするのか わかりません。 だから 外国人(がいこくじん)を 「変(へん)な 人(ひと)だ」 「いやな 人(ひと)だ」と 思(おも)います。でも 日本人(にほんじん)が 外国(がいこく)から 来(き)た 人(ひと)たちと いっしょに 話(はなし)を すると、 困(こま)ることは 少(すく)なくなって いきます。

外国(がいこく)から 来(き)た 人(ひと)に その国(くに)の ことばで 知(し)らせる、 日本語(にほんご)が 勉強(べんきょう)できる 場所(ばしょ)を つくる、 困(こま)ったことや わからないことを 聞(き)く 場所(ばしょ)を つくる のに 時間(じかん)や お金(かね)や 人(ひと)が いります。

でも 多文化共生(たぶんかきょうせい)を 進(すす)める お金(かね)や 人(ひと)を ふやすと 困(こま)ることは 少(すく)なくなって いきます。 どうしたら お金(かね)や 人(ひと)が ふえるか みんなで 話(はなし)をすることが 大切(たいせつ)(たいせつ)です。

多文化共生(たぶんかきょうせい)が 進(すす)まないと どんな 問題(もんだい)が 起(お)こりますか?

多文化共生(たぶんかきょうせい)が うまく 進(すす)まないと 心配(しんぱい)な ことが あります。 外国(がいこく)から 来(き)た 人(ひと)は 日本人(にほんじん)と 言葉(ことば)や 文化(ぶんか)が ちがいます。 だから 多文化共生(たぶんかきょうせい)が 進(すす)まない ところでは わからないことが 減(へ)りません。 外国人(がいこく)の ことが わからないから 「変(へん)だ」 「いやだ」 「きらいだ」 という 気持(きも)ちが 続(つづ)きます。いっしょに いると 安心(あんしん)できません。

外国(がいこく)から 来(き)た 人(ひと)と しゃべるのは いやだと 思(おも)うかも しれません。 何(なに)も いやなことが ないのに。

外国(がいこく)の 人(ひと)が 京丹波町(きょうたんばちょう)に 住(す)むのは 困(こま)ると 思(おも)うかも しれません。 困(こま)ったことは すぐに なくせるかも しれないのに。

外国(がいこく)の 人(ひと)の ことを 知(し)らないから 「こわい」と 思(おも)うかも しれません。 こわいことを 何(なに)も していないのに。

こんな 心配(しんぱい)が たくさん あると 日本人(にほんじん)は 外国人(がいこくじん)と 仲良(なかよ)く できません。 日本人(にほんじん)は 日本人(にほんじん)だけで 生活(せいかつ)したいと 思(おも)います。 京丹波町(きょうたんばちょう)で 生活(せいかつ)する 外国人(がいこくじん)は 仲良(なかよ)くできる 日本人(にほんじん)が いません。

それで 大丈夫(だいじょうぶ)ですか? 大(おお)きな 地震(じしん)や 台風(たいふう)などの 災害(さいがい)が やって 来(き)た ときは どうしますか? 病気(びょうき)に なったり 子(こ)どもを 育(そだ)てたり している 外国人(がいこくじん)の 人(ひと)たちは 困(こま)りませんか? 働(はたら)く 人(ひと)が 少(すく)ない ところで うまく 仕事(しごと)が できますか? 日本人(がいこくじん)が 外国(がいこく)から 来(き)た 人(ひと)のことを わからないと みんなが 安心(あんしん)して 生活(せいかつ)できません。

京都府(きょうとふ)でも いろいろな 場所(ばしょ)で 多文化共生(たぶんかきょうせい)を 進(すす)めています

京都府(きょうとふ)では 住(す)んでいる 全部(ぜんぶ)の 人(ひと)の 3%くらいが 外国人(がいこくじん)です。 外国(がいこく)から 京都府(きょうとふ)に 旅行(りょこう)に 来(く)る 人(ひと)たちは 多(おお)いです。 でも たくさんの 外国人(がいこくじん)が 京都府(きょうとふ)に 勉強(べんきょう)に 来(き)たり 働(はたら)きに 来(き)たり しています。 そして 京都府(きょうとふ)に 住(す)んでいます。

京都府(きょうとふ)の 中(なか)に 多文化共生(たぶんかきょうせい)を よく 進(すす)めている 場所(ばしょ)が あります。 その 場所(ばしょ)では みんなが いっしょに 自分(じぶん)の 住(す)む ところの 多文化共生(たぶんかきょうせい)を 進(すす)めています。 京丹波町(きょうたんばちょう)は どうですか? 多文化共生(たぶんかきょうせい)を 進(すす)めるのは これから ずっと 先(さき)の ことですか? いいえ もう 多文化共生(たぶんかきょうせい)を みんなで 進(すす)める ときが 来(き)ています。

参考(さんこう)にしたところ:京都府(きょうとふ)の多文化共生(たぶんかきょうせい)の取組(とりく)み

多文化共生(たぶんかきょうせい)を 始(はじ)めるのは むずかしいですか?

多文化共生(たぶんかきょうせい)は 特別(とくべつ)な ことを しますか?
いいえ 普通(ふつう)に できます。

・外国(がいこく)から 来(き)た 人(ひと)に ゆっくり やさしい 日本語(にほんご)で 話(はな)します。
・外国(がいこく)から 来(き)た 人(ひと)の 文化(ぶんか)や やり方(かた)を 聞(き)きます。
・自分(じぶん)の 住(す)む 場所(ばしょ)の 祭(まつ)りなどに 「いっしょに 行(い)きましょう。」と 言(い)います。

こんな ことから 始(はじ)めます。

「ちがうから 話(はな)しません」 「ちがうから いっしょに やりません。」と 思(おも)わないで ください。

「あなたの 国(くに)では どうしますか?」と 聞(き)いてください。 ちがうことを 知(し)りたいと 思(おも)う 気持(きも)ちが 大切(たいせつ)です。 あなたの 「知(し)りたい」 気持(きも)ちと ほかの 人(ひと)の 「知(し)りたい」 気持(きも)ちが いっしょに なると もっと 良(よ)いです。 みんなの 「知(し)りたい」 気持(きも)ちが たくさん 集(あつ)まると 自分(じぶん)の 住(す)んでいる ところが みんなの 安心(あんしん)な 場所(ばしょ)に なります。

「多文化共生(たぶんかきょうせい)を 進(すす)めるのに 私(わたし)は 何(なに)が できますか?」と 思(おも)った 人(ひと)は 次(つぎ)の 話(はなし)も 読(よ)んでください。➡ 多文化共生(たぶんか きょうせい=うまれて そだった くにの ちがう ひとたちが みんな おなじように たいせつにされて おなじ ばしょで せいかつしたり はたらいたり できること)のために わたしが できることを しりたい! ほかの 人(ひと)は どんな ことを していますか?

京丹波町国際交流協会(きょうたんばちょうこくさいこうりゅうきょうかい)は 京丹波町(きょうたんばちょう)の 多文化共生(たぶんかきょうせい)を 進(すす)めています

京丹波町(きょうたんばちょう)では 住(す)んでいる 全部(ぜんぶ)の 人(ひと)の 2.5%くらいが 外国人(がいこくじん)です。 ベトナムから 来(き)た 人(ひと)たちが 一番(いちばん) 多(おお)いです。 次(つぎ)に 多(おお)いのは インドネシアから 来(き)た 人(ひと)たちです。 三番目(さんばんめ)は 韓国(かんこく)から 来(き)た 人(ひと)たちです。技能実習生(ぎのうじっしゅうせい)が 多(おお)いです。 京丹波町(きょうたんばちょう)は 住(す)む 人(ひと)が とても 減(へ)っています。 技能実習生(ぎのうじっしゅうせい)は 京丹波町(きょうたんばちょう)で これから 仕事(しごと)を してくれる 人(ひと)たちです。

京丹波町(きょうたんばちょう)に 外国(がいこく)から 働(はたら)きに 来(く)る 人(ひと)たちは 毎年(まいとし) 増(ふ)えています。 外国(がいこく)から 来(き)た 人(ひと)たちは 仕事(しごと)の 場所(ばしょ)や 学校(がっこう)や 自分(じぶん)の 住(す)んでいる 場所(ばしょ)で いっしょに 生活(せいかつ)する 人(ひと)に なっています。

京丹波町国際交流協会(きょうたんばちょうこくさいこうりゅうきょうかい)は 外国(がいこく)から 来(き)た 人(ひと)たちと 日本人(にほんじん)が 仲良(なかよ)く 京丹波町(きょうたんばちょう)で 生活(せいかつ)できるように 手伝(てつだ)います。

外国(がいこく)から 来(き)た 人(ひと)たちが 日本人(にほんじん)と いっしょに 楽(たの)しむ 集(あつ)まりを します。 日本語教室(にほんごきょうしつ)で 外国人(がいこくじん)が 日本語(にほんご)の 勉強(べんきょう)をするのを 手伝(てつだ)います。 生活(せいかつ)の ための お知(し)らせや きまりなどを 外国人(がいこくじん)に 知(し)らせます。 そして どの人(ひと)も 京丹波町(きょうたんばちょう)で 安心(あんしん)して 生活(せいかつ)できる ように しています。 多文化共生(たぶんかきょうせい)を いっしょに 進(すす)める 人(ひと)も ふやして います。

私(わたし)たちが 京丹波町(きょうたんばちょう)で やっていることを 知(し)りたい 人(ひと)は 京丹波町国際交流協会(きょうたんばちょうこくさいこうりゅうきょうかい)_公式(こうしき)サイト を 見(み)てください。

まとめ

「多文化共生(たぶんかきょうせい)」は 「こうなったら 一番(いちばん) 良(い)いですね。 本当(ほんとう)に するのは むずかしいですが…」という ことでは ありません。 京丹波町(きょうたんばちょう)が これから 続(つづ)いて いくために 必要(ひつよう)な ことです。 子(こ)どもの 数(かず)が とても 少(すく)なくなっている、 おじいさん おばあさんが 多(おお)くて 働(はたら)く 人(ひと)が 足(た)りない のが 京丹波町(きょうたんばちょう)です。 外国(がいこく)から 働(はたら)きに 来(く)る 人(ひと)たちと いっしょに 生活(せいかつ)する ことは 普通(ふつう)のことです。 困(こま)った 問題(もんだい)や 心配(しんぱい)は あります。 でも 私(わたし)たちは 困(こま)った 問題(もんだい)に ついて 話(はな)し合(あ)う ことが できます。 多文化共生(たぶんかきょうせい)が 進(すす)むように 良(よ)い やり方(かた)を 考(かんが)えることも できます。 そして 困(こま)った 問題(もんだい)や 心配(しんぱい)を 少(すく)なく できます。 外国(がいこく)から 来(き)た 人(ひと)たちは 言葉(ことば)や 文化(ぶんか)が ちがいます。 生活(せいかつ)の やり方(かた)も ちがいます。 でも ちがいは あって よいです。 日本(にほん)で 京丹波町(きょうたんばちょう)で かれらが 安心(あんしん)して 生活(せいかつ)できる ことが 大切(たいせつ)です。

何(なに)が 大切(たいせつ)かを あなたが 知(し)ること、 知(し)ったら できることを 見(み)つけること、 見(み)つけたら やって みること。 小(ちい)さい ことで だいじょうぶです。 あなたの やった 多文化共生(たぶんかきょうせい)が これから あなたの 住(す)む 場所(ばしょ)や 京丹波町(きょうたんばちょう)を つくって いきます。

その他(た)の SNSは こちらから

  • Facebook

    facebook
  • X

    X
  • LINE

    LINE
  • Youtube

    Youtube
Follw me